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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
21/105

依頼の報告

 都市ロメオから西4kmに位置する森は、この地域の住人に「都市ロメオ西の森」といったニュアンスで呼ばれている。さらに、その森は西に広がる山地の麓に位置しているともとれるので、「西山地の(ふもと)の森」などとも呼ばれていた。


 生息するモンスターの危険度は、決して高いものではない。複数人で出歩いてちゃんと武装すれば、夜でも歩き回ることができる。たまに山の奥から、それなりに危険なモンスターが徘徊することはあるが。


 しかしついさっきまで、この森でうろつくモンスターは軒並(のきな)み、森の外周部分にやむを得ず移動もとい避難していた。


 理由は突如現れた3匹の配合モンスターやエイドス、そしてそれに応戦したジャックたち3人が、森の中心部で戦ったせいで恐怖に駆られたからであろう。


 もちろんエレファントバードが暴れ回ったのが大きかった。エイドスの『発信』により呼び寄せられた3匹の配合モンスターの中でも、頭一つ抜けた火力と体躯たいくを誇る『燃えるエレファントバード』は、森全体の2割ほどを延焼させたのだ。


 マーシュとクレアが倒していなかったら、それだけでは済まなかっただろう。


 今、この森に火の気はない。山の向こう側から現れた雲が満月を押し上げるように隠し、それから冷たい雨を降らせた。無数の雨粒あまつぶに当てられた炎は、しぼむ風船のように消火され、残ったのは寒々しい枝のみの姿だった。


 やがて森からジャックたちが出てきた。クレアは2人分のリュックサックを背負い、マーシュとジャックは1台の荷車を押している。荷台に寝かされているのはフルクの死体と、はぐれウッドウルフの耳と首で、エイドス・セイルズの死体はそこにはなかった。


「すみませぬ」


 雨に当てられた目元をこすって、ジャックは詫びの言葉を言った。かろうじてマーシュとクレアに聞こえる程度の声量だ。


 ジャックの今の言葉は、誰に向けてのものなのか分からず、2人は少し答えるのに時間がかかった。その間は荷車の車輪がこすれる音と、雨粒の降る音だけしか聞こえなかった。


 フルクが死んだそののち、マーシュの荷物の中にあったポーションなどを大急ぎで使って、何とか蘇生を試みたが、それも無駄に終わった。


 さらにはエイドスの死体を回収しようとしたクレアが、手ぶらで戻ってきたのだ。


 クレアの話によると、エイドスの死体は忽然こつぜんと消えていたという。血の海にはなっていたのだが、死体だけが無くなっていた。


 クレアはジャックに『ちゃんと』エイドスを仕留めたのかと訊いてきて、ジャックも『確かに始末した』と即答した。


『紛れもなくエイドスは死んだはずだ』


 考え込むジャックは、あの時の状況を振り返る。


 しゃがみ込んで確認したときも、決してエイドスのあれは死んだふりではない。奇跡的に息を吹き返したとしても、あの傷でどこかに逃げられると思えなかった。


 段葛籠(だんつづら)で斬った四太刀全てが、会心の手応えであり、その証拠にエイドスの血は止めどなく流れていた。あれではどんな生物でも失血死だろう。子どもでも分かる『死ぬ』血の量だった。


「いいのよジャック。確かに、もっと念入りにやりくりすればエイドスに逃げられなかったのかも知れない。けどそれはあくまでも結果論で、言い出したらキリがないわ」


 エイドスの死体を確認しに行ったクレアが、ジャックの詫びの気持ちを汲んだ。責任を感じすぎることもないよ、と言葉を足したが、疲労からかかすれた声で無理に明るい声が出てしまっていた。


「しかし」


「いいんだジャック。過ぎたことは。それに…エイドス自身が(・・・)逃げ出したとも限らないしな」


 荷車を押すジャックは、隣のマーシュを見た。クレアはモンスターが近づいてこないかの警戒も兼ねていたため、前を向いたままマーシュの言葉に耳を傾けた。雨に濡らされて垂れてきた前髪を、手の甲で押し上げてからマーシュは言葉を続けた。


「エイドスには間違いなく致命傷を負わせてから、俺たちを心配してジャックは来たんだろ? ならいいじゃねえか。誰だってそうするだろうし、お前に落ち度はない」


「自分の詰めが甘かった結果では……」


「そりゃあねえな。あいつがどの国どの場所の出身で、どんな獣人種だろうと、そんな傷で生きて森から抜けるなんてあり得ない。ましてや、生き返るなんてもはや仮説としては下の下ってやつだ」


「獣人種?…種? そういえばあやつは、自分のことを『ラプターウルフ』と言っていましたが」


 ラプターウルフという単語にマーシュが目を見開き、クレアも今度ばかりは振り向いてジャックの方を見た。


「……へえ、あいつがそんな大物だったとはな。お目にかかるのは初めてだ。いや、『初めてだった』が正しいかな?」


「そうね。ジャック、もしエイドスの言っていたことが本当だとしたら、エイドスはクラスBの冒険者が倒すべきモンスターよ」


「それは、つまり」


「そう、ラプターウルフは現在、ランクBと冒険者ギルドで制定されているモンスター(亜人種)よ」


「とは言っても、致命傷から蘇生するなんて能力は『ラプターウルフには』ない。それは断言する。ラプターウルフがランクBと位置づけられる理由は、純粋で驚異的な身体能力が主な理由だ。簡単に木々をなぎ倒せる力を持っていて、走る速度も本気出せば馬より速い。おまけに隠密性も動体視力も折り紙付きだ」


 ラプターウルフの情報を聞いて、ジャックは思い当たる節があった。


 確かに隠密性が低ければ、最初に穴から飛び出てきての奇襲はジャックが気づいていた。これもクレアの言う結果論でしかないが、耳には前世でも自信があるジャックが気がつかなかった。エイドスはジャックに一切気づかれず、あの深さの穴から跳躍して飛び出てしかもジャックに蹴りを喰らわせた。


 確かに隠密性はとても高かった。息づかいすら感じさせない練度と能力がエイドスにはあった。


「俺もアイツの動体視力を身をもって確認した。あんな至近距離からの矢を2回も防がれたからな」


「でも、そんな怪物でも、エイドスが生き残るのは不可能だった…と庇って言ってくれるのですか?」


「ま…そう重く考えるな。いくら強くて速くても、死んでから自分で逃げるなんてやっぱりあり得ない。どう考えてもお前のミスじゃないし、むしろ考えられるのは……」


「協力者、でしょ?」


 マーシュの言葉をうまくクレアがかっさらい、にんまりと笑う。マーシュは行き場を無くした言葉の代わりに、自分の無精ひげをなでた。ほんの少しいつもの2人の様子に戻ったことで、ジャックは思わずくすりと笑った。


「……そーいうわけだよ。ディーセント帝国から潜入してきて色々とやらかそうとしてたんなら、協力者ぐらい居てもおかしくないだろ」


「死体は情報の宝庫でもあるからね。たとえ身ぐるみ剥がされていたとしても大分だいぶ価値はある。エイドスの協力者が、エイドスの死体を冒険者ギルドに持ってかれまいとして回収したのなら……やっぱりディーセント帝国から潜入してきたのは、エイドスだけではないってことでしょうね。どんなヤツらで、何人居るのか分かれば良いんだけど…」


「さて、な。こればっかりは何とも言えないな」


 それから都市ロメオに帰ってくるまで、特に何事もなかった。あまりの静けさに拍子抜けした3人であった。


 そびえる街壁は濡れて、その水滴が薄い月光をぼんやりと跳ね返す。まるであの森で起こったことが、どこか遠くの地で繰り広げられたものであるかのように思えたりもしたが、男2人が押す荷台にだいには、確かにフルクの遺体とオオカミたちの首が有る。それだけがあの森から持ってこれたものだった。







 都市ロメオの門を通らせてもらうために、警備の人間に事情を説明した。荷車を押してきた3人を初めに見つけた中年の警備兵は、面倒そうな顔をしていたのだが、マーシュが説明すると手早く門を開ける作業に移った。


 もし3人だけならば、門を開けなくても脇にある潜り戸から通ることが出来たが、荷車があるために大きな門をわざわざひらかなくてはならなくなった。中年の警備兵が面倒そうな態度を見せたのはそのせいだろう。


 門が重苦しい音をたてて閉まるのを聞きながら、3人は大通りを進んでいく。雨の降る夜を商売の狙い目と考える物好きが居るはずもなく、もう灯りを点けて開いている店は少なかった。


 往来を歩くのはジャックたちくらいで、たまに路地の影から猫が顔だけ見せたり、小走りで店の裏口から入ろうとする若者くらいだ。


 やがて冒険者ギルドの建物が見えてきた。


 窓から光も出ていて冒険者たちの声も聞こえてくるので、特に日を改める心配はなかった。荷車を邪魔にならない場所につけて、フルクの遺体とはぐれウッドウルフたちの死体を下ろす。フルクの遺体はマーシュが背負い、クレアとジャックはオオカミたちの死体を2匹ずつかついだ。


「このまま入るのですか?」


 死体をそのまま担いでギルドに入るかどうか、ジャックは気になって訊いてみた。冒険者ギルドの建物一階にはレストランがあり、そこにモンスターの死体4つと人間の遺体1つの計5つが侵入しては、迷惑をかけると考えたが、それは大丈夫だとマーシュは答えた。


 ジャックは今まで気がつかなかったが、ギルドの建物横には狭いが階段があり、二階へ行けるようになっていた。階段を上がるマーシュとクレアに、ジャックは続いてあがる。扉を開けて中に入った3人は小さな部屋に出た。カウンターには寝ぼけ(まなこ)の男が一人いるだけだった。


「荷物が多いとか死臭がするとかはここでも依頼の精算ができるんだ。これも覚えといたほうがいいぜ、ジャック」


「なるほど。ここならば下の階にいる人に迷惑をかけずに済む」


 マーシュがジャックに教えると、受付の男がマーシュを急かした。


「ーーーーおうい、説明良いから早くしてくれよマーシュ。え〜と、ちょっと待ってろ…お前らは…あ~書類を見るに『はぐれウッドウルフの討伐』だったか?」


 男はかなりアンニュイな感じで、しゃべり方も書類のめくり方もその雰囲気に合っていた。だが、マーシュの背負う人間の死体を見て少しばかり驚いたようだ。モンスターを討伐してきたはずなのに、人間の死体があるからだ。それは依頼の最中に、何かしらのハプニングが突発したという証だ。


 ギルドの職員の男もそれを推測する。先ほどよりも真剣で慎重な顔で質問してきた。


「おいマーシュ。その男は? 見たところ冒険者風でもないようだが…そいつの名前を訊いても良いか?」


「フルク、木こりのフルクだ」


「ちょっと待っててくれ。そこに居ろよ?」


 部屋を出た男はそう言い残し、扉を閉めて出て行った。部屋に残された3人は、オオカミの死体だけをどさりと下ろした。ジャックは肩を回す程度で済んだが、クレアの力ではさすがに2体は重すぎたようで、しばらく首や肩を回しきりだった。


 マーシュがフルクの遺体を下ろさなかったのは、オオカミと同じ所に転がすわけにはいかないからだ。


「代わりますか。マーシュ殿」


「うん?大丈夫だよ」


 それから扉が開き、さっきの男が中に入ってきた。


 男の手には銀貨数枚が握られていて、椅子に座るとカウンターにその銀貨を置いた。


 これが今回の依頼の報酬だったもので、依頼者であるフルクを死なせてしまったので、これらは払われることはない。男は銀貨と3人を見比べた後、それをしまって代わりに書類をカウンターの裏から取り出した。


 わざわざ見せつけてから渡さなかったのは、失敗した冒険者達へ、次への発憤はっぷんを促すためだろう。


「結構質問多いけど良いか?」


 男はペンを取り出してからそう言った。マーシュがうなずく。


「まず今回の依頼で起こったことをじゅんを追って答えてくれ。とりあえずコレ、ちゃんとした報告書だから、嘘つくとか言い忘れとかはナシで頼む」


「分かってるよ。…俺たちは荷物の準備が出来た後、昼を大分過ぎてから出発した。平原ではモンスターに出くわさずに済み、森に入ってからはゴブリン7体が襲いかかってきたがそれは撃退した。森の中心部のフルクの家に着いて、はぐれウッドウルフのことで詳しい話を訊こうとしたんだが、顔を合わせて『じゃあよろしく』みたいに一言だけ言ったら、すぐ家の中に閉じこもったよ」


「はあ?そりゃ本当か?」


「嘘は言うなよって釘刺したのはアンタだろ」


「まあ、そうだけどさ。続けてくれ」





「…それで、俺たちは4匹出現したはぐれウッドウルフは倒したんだ」


「おいおい。お前やクレアが倒したならともかく、このジャックってやつが曲剣を投擲して殺したのか?」


「そうだ。それからクレアがいなくなって、小屋の扉に近づくと死臭が凄かったから、中の様子は窓から見たんだ。そしたらフルクが、クレアを人質に取っていたから、」


「いやいや待て待て。それ本当か? 本当なんだよな?」


「あーもう、らちあかねえな。最後まで報告させてくれ。嘘だと思うことには丸囲んで記しつければいいだろ」


「ったく…インクもばかにならねえよ」


 それからマーシュが今回の顛末てんまつを淡々と述べたが、主観はできるだけ述べず、起こったこととエイドスやフルクの言っていたことを、実に管理的に話した。


 マーシュが話し終えると、書類に一通り目を通してから男はうなった。マーシュの報告を訊きながら羽ペンを走らせる男の様子を、ジャックはずっと見ていたが、男は時々ジャックらの方に目を向けたり難しい顔をしたりと、困惑しているようだった。


 特に配合モンスターのこととエイドスのことを聞いた時は、信じられないものを見るような目で3人のことを見てきた。


「ええっと…訊きたいことが多すぎてワケわからねえし、そもそもそれ以上にお前らの言ってることも奇想天外きそうてんがいすぎて、それもそれでワケわからねえ」


「だろうな。俺らもだよ。もしこれがただのウルフ討伐で済んだらどれだけラッキーだろう、って今でも思うぜ。さて、と報告の内容はあんたが考えてくれ。そっくりそのまま信じてくれてもいいし、そうでなくても構わない。ただ……」


「ただ?」


「俺らにとって今回の依頼は、フルクを死なせてしまったことの教訓であると共に、退きならない情報を手に入れたと思ってるよ。ただ、それだけかな」


 この時点で男は、3人の表情や態度から少なくとも次のことを読みとっていた。ありもしない出来事を話して、フルクを死なせた失敗を(かす)ませようとしたりするやからではないと理解したのだ。


 平然としているが重い事態を感じている…といったマーシュの様子に、書類をまとめてから手を振ってこう言った。


「まったくよぉ…これで俺の仕事が増えるな、いやホント。……もう行って良いよ、ほれほれ」


 行って良しと言って男は手を振る。


 そして3人は部屋を出た。廊下に出た3人の内、マーシュとクレアがふぅと息を吐いた。まるで緊張が解けたというかのような2人に、ジャックが首をかしげる。


「どうかされたか?お二人とも」


「マーシュのせいよ。今の男の人はただのギルドの職員じゃないわ。名前は『ビルガー・バイン』。私たちと同じくらいから冒険者になって、それから異例のスピードでクラスC冒険者になった人なのよ。歳も私たちと大して変わらないわ」


「それからまさかの、ギルド職員への転職を果たした男でもある」


「信じてもらうためにいつもよりわざと堂々とするのは良いけどさ。マーシュ、あの態度は無いと思うわ」


「良いじゃねえか別に。だって普通信じてくれないぜ。立場が逆だったら俺も疑うぞ?」


 またもや2人の言い合いになりそうな雰囲気が出てきた。それを察してジャックは話題を変えた。


「年齢と言えば…そういえばまだ知らなかったのですがお二人は今おいくつで?」


「あのねえ、私たちだったから良いけど、女性に年齢を質問するのはあまり関心しないわね、ジャック」


 クレアの笑顔は何か影が差し込んでいたが、当のジャックはいまいちピンときていない顔をしていた。 年齢を訊くことに躊躇ためらいのない時代の人間には、馴染みがなさ過ぎたようだ。


「でもな、ジャック。わざと若く見積もってあげれば女性は喜ぶぞ。ちなみに俺は今年で23になるぜ」


「私は21歳よ。ジャックは自分の歳覚えてるの?」


「まあ、15くらいだったと思います」


 適当な年齢を言ったが、マーシュとクレアは納得したようだ。ジャックはガラスなどに映る自分の姿をたまに見て、自分の年齢を考えたりしていた。


 実を言うと初めはあまりの若返りように『これは自分じゃないのでは』と思っていたが。


 3人は廊下を進んで階段を降りた。ギルドの一階の様子はこれまでと変わらず、冒険者たちが飲み食いをしていて賑やかだ。受付にいたアマンダは降りてくる3人に気づいたが、特に何も話すわけでもなかった。


「これからどうする?」


「そろそろ何か食べない?昼から何も食べてないわ」


「俺も腹が空きました」


「じゃあ何か食べてから宿に帰るか。とりあえずジャックは当分1人で食事しに行くの禁止でな」


「それは何故なにゆえ?」


「危なっかしいからよ。少なくともナイフとフォークが使いこなせない内は私たちと食事することね。…いや、嫌そうな顔してもダメだから」


 ジャック自身、1回の食事ですでにナイフとフォークにはかなり苦しんでうんざりしていた。出来ればそのうち自前のはしを作るつもりだったが、2人に言われては諦めてテーブルに座るしかなかった。



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