エイドス・セイルズ
満月はまだ高く、遮る雲もないために煌々と光り、小屋の中をある程度照らし出していた。しかしさすがに明かりがそれだけでは心もとない。マーシュは棚からランプを取り出して、テーブルに置いて灯した。
ナイフを持って尋問するクレアに、木こりのフルクは震えあがりつつも、大げさな身振り手振りで話し始める意志を見せた。
「わ、わかたわかっった! 話すから殺さないでくれ! 見逃してくれ!」
「それはあなたの誠意次第ね。もちろん私たちの心持ち一つで決まることもあるわ……どうしたの? さっさと話せば?」
フルクは痛みと緊張で腰に力が入っていなかったので、ジャックが持ち上げて椅子に座らせた。万が一、フルクが逃げようとした時に備えて、壁を背にさせて3人で囲みこんで話を聞くことにした。
木こりのフルクの話によると、あの狼男とは一ヶ月以上も前から知り合ったらしい。
初めて会った時は、仕事から帰ってきていつも通り小屋のランプを点けたら部屋の椅子に座っていた…という。その時、狼男は『エイドス・セイルズ』と名乗るとともに、ある仕事の関係でここで死体を貯蔵させて欲しいと言ってきたが、フルクは最初それを(といっても当たり前のことだが)拒否したと言う。
だが、男は狼男への変身を生で見せつけ、さらには家の外にある立木を一撃で蹴り倒して脅したらしい。
「……もちろん得体の知れないやつから『この小屋で死体を管理させろ』なんて言われて拒否しましたよ。けど、あんな化け物みたいな力を見せつけられて、どうしようもなかったんです。私は言われるがままにしました」
「あのオオカミ男――――エイドスは何が目的だったんだ?」
「それは…」
「いいから話せよ、木こりの旦那」
「……初めは何をやっているかはわかりませんでした。だけど、だんだんと何が目的かを知りました。
エイドスは、怪しい実験を行っていたらしいのです。現れた次の日から早速死体をこの家に持ってきたのですが、モンスターの死体や冒険者風の死体ばかりでそれらの数をしっかりと紙で記録してから、小屋からまた運び出してどこかに持っていくんです。
……そういったことを繰り返していくうちに、ある晩、家のすぐ近くでモンスターの鳴き声とエイドスの声を聞いて、目が覚めて窓から様子を見ました。目の良さには自信があるのでちゃんと見えました」
ここまで話すとフルクはだんだんと肩の力が抜けてきたようで、そばにあった桶の水で顔をぬぐって一息ついた。彼はまた話を続けた。
「エイドスはモンスターを調教していたんです。と言ってもただのモンスターではなく、こう…人間とも言えるような不思議なモンスターです。
たとえば、Eランクの大爪ネズミってモンスターがいるでしょう? でも私が見たのは、爪や足までは大爪ネズミですが、体は人間と同じくらいの背丈を持っていて、頭も人間に似ていて、背中にいたっては毛が無くて、もっと人間そっくりでしたよ。エイドスに言われて、少しだけ触ったりしたこともあったんですが、何とも気色が悪かったです。
エイドスのやることなすことが恐ろしかった私は『逆らうのだけはやめておこう』って思ってました。だってそれはそうでしょう? もし怒りを買ったとして、ただ殴り殺されたり爪で裂き殺されるならまだいいですが、もしも自分があんなモンスターとなってしまうと想像すると…」
「だよな、そりゃあ恐ろしいだろうな。俺もそれはよ~くわかる」
「で、ですよね! 分かってくれますよね!」
「ああ。……どうした、続けろよ」
「う……分かりましたよ。エイドスはモンスターの実験をする傍ら、3週間くらい前から都市ロメオの方へ出かけていく時が増えていったんです。理由は詳しくはわかりませんが、ロメオに行った日はあらかた機嫌が良かったと思います」
「機嫌がよかった、か。何か聞き出せなかったか? 些細なことでもいいんだ」
「う…ん〜…あっ! 確かここに酒を持って呑みに来た時に一度だけそういったことを、聞きました。その時に『近々数え切れないほどの報酬金が手に入る』とか、あとは『もし都市ロメオでの取り引きが成功したらとんでもない立身出世が待っている』とも漏らしていました」
「よくそんなこと聞き出せたわね」
「いや違いますよ。お前も飲めと言って飲まされて、恥ずかしながら先に音を上げたんです。けど、酔っぱらって床に寝転がってても、ちゃんとエイドスの独り言を聞いていたんですよ。さっきの秘密はエイドスが漏らした『独り言』なんです。
あとは、そうだな。2週間くらい前にギルドに依頼を出せと言われて、その通りにしました。多分、冒険者をおびき寄せるためだと思います。けど……ここ2、3日間はかなり機嫌が悪くて恐ろしかったです。冒険者がこないことに業を煮やしたのか……あの、ちょっと休ませてもらってもいいですか?」
フルクがそこまで一気に話し終えると、急激に力が抜けたようで、ふうと一息ついて休もうとした。クレアがまだ剣呑とした表情で、フルクにまだ話させようとしたが、マーシュが肩をポンと叩いてたしなめた。
この話を聞いてクレアは余計に怒りが湧いたのだろう。もしも、フルクの述べたことが全て本当ならば、クレアは危うく実験台にされるところだったからだ。
フルクを落ち着かせる少しの間、ジャックたち3人は今日の出来事をギルドにどう説明するかどうかなどを話していたが、マーシュだけはフルクが言っていたことを頭の中で整理していた。
何かがマーシュの中でしこりのように引っかかり、それがキイキイときしむ音を出して離れない。『エイドス・セイルズ』という男の正体が、マーシュの中でどんどんと光りを浴びて足元から露わになる。
ある結論に達したマーシュは咳払いをして2人の注意を引いてから口を開いた。
「なあ、2人とも」
「ん?どうしたの?」
「エイドスの正体についてなんだが」
そう言ってマーシュが振り返って小屋の外を見た。エイドスの死体はまだ向こうに倒れていて、矢が刺さっているのが分かりやすい目印になっていた。
うつ伏せに倒れているエイドスが死んだと自信を持って思わせるのは、マーシュ自身が矢を突き刺した時の内蔵まで達した『手応え』があったからだ。
マーシュは向き直って話を続けた。
「あの男がどんなやつで何が目的か、フルクの話をただ聞いただけでは、はっきりとわからなかった。わかったことは、人体実験をして半モンスター半人間を作ろうとしたこと。それと『都市ロメオでの取り引き』を成功させようと意欲的だったことだ。
俺は意外と細かいこと考えちまってさ。さっきからお前らとの話はあんまり耳に入っていなかったんだ。………いやいやそんな怖い目するなよ! 頼むから!
ともかく! あいつが死んだ今、ギルドに引き渡して尋問するとかはできない。だからこっからは丸々俺の仮説なんだが、俺は『エイドス・セイルズ』こそが三眼オーガを密輸入しようとした…『ディーセント帝国の商人』なんだと思う」
マーシュの話を聞いていた2人は、何を突拍子のないことを言うのだろうと、正直な所そう思った。黙って聴いていたのは、真剣なマーシュの表情を見たからだった。彼の声は静かなものだったが、ジャックとクレアは説得力を感じていた。
「あのエイドスって男は獣人種で、しかも怪しげな実験をやっていたっつう何とも薄気味悪いやつだ。だが、フルクの話とヤツの言った事をもう一回反芻してみるとよ、やっぱりあの狼男がディーセントの商人に違いないんだ。
都市ロメオでの取り引き……とだけ聞くとピンと来ないだろうが、莫大な金が入るっていう要素と立身出世が約束されるって要素を考えると、密輸入を成功させて帝国でひと山当てる、ともとれる。ディーセントでは実績と研究が重視されるしな。
しかもよ、ここらの地方でモンスターと人間を配合実験するやつが、『まっとうな』取引をするために都市ロメオに出かけたりするか?」
「ちょっとちょっとマーシュ。話を飛躍させすぎじゃない?密輸入うんぬんは、ドルザとウーゴの兄弟が三眼オーガをディーセント帝国に密輸入させて、一儲けしようってことだったんでしょ? ディーセント帝国の商人が本当に存在したとして、ジャックがドルザたちをとっくに殺した今なんて……」
「『どっか遠くに逃げてるだろ』ってか? お前の言いたいことは分かるよ? 仮にも非力な悪徳商人なら、協力者が死んで、商談がご破算になった時点でさっさと遠くへ逃げて、姿をくらますだろうって。こんなたまたま受けた依頼で、ちょうどその商人と今日かち合ったなんてあり得ない……そう思うのもわかる。
でもまぁ、ここでもう一つ思い出して欲しいんだが、『ここ2日間都市ロメオに行って機嫌が悪かった』ってことだ」
「それが…どういう意味を持つので?」
頭をこりこりと掻いてジャックが問いかけた。ジャックなりにこの年上の冒険者の思考についていこうとはしたが、なかなかたどり着かなかった。ジャックが問うと、マーシュは口角を上げて得意そうに答えた。
「それはお前のせいだと思うよ、ジャック。2日間でジャックが三眼オーガの1件をご破算にしたじゃねえか。ドルザとウーゴを殺してな。もしエイドスがディーセント密輸商人だとしたら、『2日間』で機嫌が悪くなるのは辻褄が合うだろ?……そもそもあいつから自分で、子どもにやられるような山賊や冒険者じゃないって言ってたしな。目の上のたんこぶだったジャックを早速ぶっ飛ばせて、ついポロッとこぼしたんだろうよ」
話をそこで区切ったマーシュは、エイドスの死体は確保しておくかと言って小屋から出た。クレアはフルクが逃げ出さないように見張り、マーシュにはジャックが着いてきた。
草を踏みしめて一歩一歩進み、前方で倒れているエイドスに近づく。周囲にモンスターの気配は無く、虫の鳴き声と2人の足音しか聞こえない。
とても静かな夜だった。
歩きながらジャックは、自分の持つ大鉈を月明かりに反射させる。断続的に木の葉に遮られながら、月光が当たると、刃に広がるひびはその光を乱して跳ね返した。
「その剣のヒビはさっきのか? エイドスに吹き飛ばされたときの」
「ええ。とっさに刃の腹で受けたので、致命傷には至らずに済みましたが、まともに受けてしまってこの有様に…」
「いやいやまともに受けないで、どうやってあの体当たりを防ぐんだよ」
「いえ、あれは蹴りでした。体当たりに見えたかもしれませぬが。体当たりではなく蹴りならば咄嗟に受け流せました。まだあの頃と比べて鈍ってしまった」
「はあ? なーにがあの頃だよ。じじくさいこと言うなガキんちょ」
横を歩くジャックの額を指ではじいたマーシュは、からからと笑って前を向いた。
額を抑えていたジャックだったが、内心では転生したことを臭わせるような自分の失言に焦っていた。しかし、マーシュは特に気にとめなかったらしく、そのまま前に進んでいった。
草地の向こうに倒れているエイドスの近くに立った2人は、苦悶の表情を浮かべて動かないオオカミ男の死体を見下ろしていた。
股ぐらには矢が深々と刺さり血が流れている。引き抜こうとしたのか手がが矢の杵(中間の木の部分)を握っていたが、結局は抜けずに息絶えたらしい。鏃は剣の刃と違って八の字に広がっているために、完全に体内まで突き刺された時点で引き抜くのは困難だろう。
「こやつ……この化け物じみた腕が、獣人族たるゆえんか」
「まあそうだな。こいつは確かに戦闘能力はすごかっただろうよ。実際に恐ろしかったしな。それに、フルクの言ったことが本当ならモンスターと人間を掛け合わせていた危険なやつだ。だが、詰めが甘かった」
「先に俺を倒したことで、安堵したのやもしれませぬ」
「そうだろうぜ。こいつからすれば、山賊と冒険者を楽々斬り倒すお前が一番怖かったと思うよ。だから油断して俺にも勝機が生まれたのさ……はっ、こいつは力ずくで矢を引っこ抜こうとしたらしいな。抜けるわけねえだろうが」
エイドスの身体は大きく、さらに腕が獣人化でさらに肥大しているために、担いで都市ロメオまで運ぶには骨が折れる。フルクの小屋には台車があり、マーシュは都市ロメオまでエイドスの死体を運ぶのに台車を使うつもりだった。ジャックにもその旨を話した。
「あっちの小屋にあったのは、そこまででかくねえ台車だがな。ま、何とか乗せられるだろ」
マーシュの言葉に頷いたジャックが、うつぶせに倒れているエイドスの首を持ち上げようとした時だった。
「おいおいジャック……こういうときは両肩を持った方が楽だろ。ほら、俺は両膝を抱えるから」
「ッ!? マーシュ殿ッ! 離れろ!!」
耳を裂くようなジャックの声だった。
とっさに跳びさがったマーシュは、自分の裾を見てみるとスパリと切れてしまっていた。マーシュがジャックのほうを見ると、大きな背中がジャックの姿を遮っていた。
エイドス・セイルズが立ち上がっていたのだ。
弱ったオオカミの荒い息づかいをするエイドスは、顔だけ振り向いてマーシュを睨み付けてから、力ずくで矢を引き抜いた。血がばたばたと流れるが、エイドスはニヤリと笑う。そして、体をひとしきり震わせてからオオカミの遠吠えを響かせた。
遠吠えは森中、いや、山を越えて響いたと思える『響き』で、はぐれウッドウルフとは次元が違った。
「生きておったか。そのまま涅槃に逝けばよかったものを」
「……へへっ、こんな所で死ぬつもりで生きてきたわけじゃないんだ。特に、俺はな」
声に重低音が帯びてきて、段々とエイドスの身体が変容する。背丈は伸びて全体的に隆々としていく。
服がついには膨張に耐え切れず張り裂けて、黒々とした獣毛に覆われた全身が露わになる。
牙はあくまでも鋭く、爪も荒々しく、その巨大な手に負けず。
「ここが正念場……ってやつなんだな。黒髪の小僧を始末するために来たのに、俺は一度つまづいた。マーシュとか言ったな?……すぐさま八つ裂きにしたいが、俺はもうしくじらない。順序も手順も徹底だッ! だからこそ『手負い』のジャックを今殺る!」
「エイドス・セイルズ」
ピルカ王国南方、亜人の園原産種族
獣人種、オオカミ族『ラプターウルフ』―――――冒険者ギルド制定ランク『B』




