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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
15/105

西の森へ

少し長くなりました。

 『蒼き駿馬亭』を出た3人が向かったのは、職人ギルドのある区画、鍛冶工房が複数存在する所『金床通り』だった。坂道を下って出たこの通りは、すすけた煉瓦の建物が通りを圧迫するように密集して建ち並ぶ。


 往く人間来る人間に子どもや婦人の姿はない。武装した冒険者や傭兵風の男達、もしくは目端の利きそうな商人や、大量の鉄くずを背負う鍛冶見習い風の若者などである。


 人の波に流されないように、3人は互いに服の端をつまんだり手を握ったりしていた。マーシュが一番前を歩いて先導している。最後尾を歩くジャックは、担いでいる一つの袋を落としそうになったり、自分より背丈のある人間に視界を遮らたりしながらも、興味深げに店々の看板の絵柄を見ていた。


 大きな盾を背景に剣と槍が交差する看板など、わかりやすいマークから、金槌の中心にでかでかと目玉が浮かび上がっているものや、獣の牙や爪をあしらったもの、剣と槍が交差しているところまでは同じで、背景が盾ではなく大きな書物になっているものなど様々であった。


 昨日の市場でマーシュに質問したように、ここでも色々と質問したかったジャックだが、市場よりも混雑がひどく、なおかつ市場を闊歩する婦人らより遙かに屈強な人間がひしめき合うこの通りでは、服の端をつまんではぐれないようにするので精一杯だった。


 ただでさえ入り組んでいる金床通りを抜けて、さらに迷路のような路地を、マーシュの先導により右に左にと迷い無く進んだ3人は、特に問題もなくとある鍛冶屋の入り口に到着した。入り口とは言うが、そこは狭く薄暗い路地に面しているため、一般的な商店の裏口にしか見えなかった。


 3人は扉の前に立つ。人々の声や雑踏を縫うように金属音が四方から響いているのは、金床通りを歩いていた時から変わらない。だが3人の目の前にある扉の奥からは、ごうごうと燃えたぎる派手な音と、規則正しいがとても走った(・・・)リズムの金属音が絶え間なく響いていた。


「ええと、クレアはここに来たことなかったよな?」


「そうね。短剣を新調するときでも、こんな入り組んだ店まで行かないし」


「だろ? まあここは俺の行きつけの鍛冶師がいるんだが、ちょいとだけ偏屈屋なじいさんなんだ。腕は確かだが……ほら、よくあるじゃねえか、そういう人ほど性格がアレな所が出るって」


「はあ、あなたが言いたいのは機嫌を損ねるとやっかいだから、あまり余計なことは言わないでくれって事でしょ」


「そういうことだ。ジャックも分かったか?」


「十分気をつけます」


 この3人の中で一番世間常識が疎いジャックに確認ができてから、よしと小さく言ってマーシュは店の扉を開けた。


 2人に続いて店の入り口をくぐったジャックは、自分の顔に熱風が突きつけられて思わず顔を腕で覆った。横を見るとマーシュは普通に立っているが、初めて来たというクレアも手で顔を覆っている。鍛冶屋の中は路地よりも狭くて薄暗く、光源は申し訳程度にぶら下げているランプと(かまど)で燃えたぎる炎ぐらいだ。


 竈の目の前にある、長大な金床のそばに立つ小柄な人影が、これもまた長大な大槌を素早くリズミカルに叩くことで、光が弾ける。


 作業場の奥にはもう1つの部屋があり、扉はないので中の様子がよく見える。その部屋にはテーブルがあって絨毯もひいている。そして壁には数十種類の武具が飾られているが、一見してジャックの知っている『刀』は見られなかった。


 作業をする人影は、こちらを全く意に介していなかった。作業の速度が遅まるわけでも、中断するわけでもなく、一心不乱に金床に横たえられている剣の原型を打ち続けていた。


 それを見てマーシュが、適当な長いすをクレアとジャックに勧めて、3人は座って待つことにした。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。


 そろそろ吹き付ける熱風と弾ける火花に、クレアがうんざりしてきたところに、絨毯が敷いている部屋からさらに奥にある扉が開いた。出てきたのはひょろ長い人間で、3人の客に気づくと慌てて駆け寄ってきた。


「あ、あ、あの親方が待たせてしまって、も、申し訳ありません。ま、マーシュさん」


 長い体を折り曲げるようにして、かがみながらどもる男は、よく見るとまだ若い青年だ。腕も胴回りと同じく長く、ひょろりとしているように見える。喋り方から振る舞いまで、慣れてない見習いといった雰囲気が絶えなかったが、よく観察すれば指は作業慣れした「まめ」や節くれ立ちがあり、腕の筋肉もそれほど貧弱なものではなかった。


 言葉通り、申し訳なさそうに何度も頭を下げる青年にマーシュが手を振って答えた。


「まあまあ、お気になさらずに、ロイ君。確かに待ってはいるが別に待つのは嫌いじゃないし、親方の仕事を邪魔する気はないよ」


「だ、だ、だったら僕が代わってきます。お、お、親方は手が空くと思います」


 青年はそう言って、大槌を振り下ろして作業する小柄な親方の邪魔にならないように側まで近づくと、少し言葉のやりとりを交わしてから、大槌を譲り受けて作業を代わった。


 親方は座っている3人の目の前に、石の椅子を引っ張ってきてそれにどかりと座った。


 わかっていたが、背は低く子どもと変わらなかった。親方の頭と顔は下半分が布で覆われているものの、相当の毛髪とあご髭を蓄えているのが分かり、ぎょろりとした目つきに縮れた黄土色の毛は、およそ人間とは違った種族であると、初対面のジャックとクレアでも感じられた。


 腕の筋肉の発達具合も指の頑健さも、先ほどのロイという青年がまるで勝負にならないほどだ。ジャックは分からなかったが、クレアの頭の中には『ドワーフ』という単語が浮かんだ。


「んで、俺っちに何用かい?マーシュ」


 しわがれた声が聞こえたと同時に酒の臭いが漂ったが、マーシュは気にせず答えた。


「ええ親方。今日は近接武器――――剣の製造を依頼しに来ました」


「はあぁ? 剣つってもお前さんが満足に振れんのかよ」


「いや、実は俺たちこれから、この3人でパーティを組むことになったので、このジャックのための剣が必要になりました」


「ほおぉ?この小僧がか……?」


 マーシュがジャックの背中をポンと叩いてそう言うと、親方はジャックのことをじろりと睨め付けてきた。


『この小人は俺を見極めようとしている』


 この頑固一徹そうな鍛冶職人が自分に値踏みをかけていることを、ジャックは理解した。


 職人は自分が生み出す技術に、どれだけの価値と誇りがあるかどうか厳しい眼で見定める。なおさらこのような無骨な職人ならば、もしも金払いの良い顧客が来たとしても、気に入らなければ突っぱねる可能性があった。


 実際にロイもマーシュも、そういった話は知っていた。


『ふむ、お眼鏡に適うかどうかは相手次第だな』


 ジャックは親方の視線を合わせた。


 特に威勢の良さを出そうとは思わなかった。ましてや、おたつく事もあり得なかった。そちらが決めるならば何も言う気はないと考えたジャックは、自然体のまま座って親方と目を合わせ続けた。


「小僧」


 親方が口を開いた。


「冒険者ってのは命の危険がある。それは承知してんのか?」


「ええ。すでにそれは承知のこと」


「はん、欲しい武器は?」


「刀」


「…かたな、だと? ふうん、聞かねえ武器だな。どんな得物なんだ?」


「片刃で反りがありまする。刃の長さは二尺二寸七分…いや、この肩から指先ほどで、刃幅は指二本分…」


「待て待て待て、急に言われても困る。いよし、ちょっくらあっちで詳しく図面にしてくれねえかい?」


 言いつつ立ち上がった親方はジャックの袖を掴むと、奥のテーブルの方へ連れて行った。それを見てくすりと笑ったマーシュは、一部始終を見てもちょっと話が掴めていないクレアに説明した。


「『じっと見つめて黙っていたと思ったらすぐジャックの武器を作る流れになった?』とか考えてたろ?」


「そりゃあね。あまりこういう所には来たことがないし」


「……俺は暇な時、たまにここの作業風景を見て時間をつぶしたこともあるんだが、あのフルブライトって親方は職人ギルドに入っちゃいるものの、同業者との関係性より自らの仕事に重きを置く人なんだ。

 悪く言えば周囲になじまない古くさい人間だ。さっきのは、ジャックに武器を作っても価値があるのかどうかを判断してたんだろうな。

 まあ今言ったように確かに古くさい人間……ああ、いやドワーフだけどな、その分、仕事ぶりはすごいぜ。ギルドってのは、職人間で売り上げに差が出て不満がつのるのを避けるために、職人には均一な種類の武具道具を『○○ヶ月以内にこれぐらい作れ』というんだが、あの人は他の同業者と比べて1.5倍の早さで済ませるよ。

 職人ギルドは、あまり突出した技術者を組織は好まないが、あの爺さんはお忍びで来る騎士団の長やお偉いさんにも武器を頼まれることがある。仕事も早いし腕もある。だからあの人は特別で、一品モノの武器を、少しは作っても同業者に文句は言われない」


「へえ~……じゃあジャックはそんなすごい人に武器を作ってもらえるんだ」


「そうだな。しかもあんなに積極的に、自分の知らない武器を教えてもらう親方は初めてだ」


「特別機嫌が良かったのかしら」


「機嫌が良いのはジャックのおかげだろう。フルブライトの爺さんがジャックの本質を見抜いて、あそこまで機嫌が良いってことは…そういうことじゃねえか?」


 作業が一通り終わったのであろう。青年ロイが汗をぬぐいながらマーシュとクレアの所に来て言った。


「あ、あの黒髪の少年がただのしょ、少年じゃないと感づいて、あ、あ、あんなうきうきしているんですよ」


「こりゃ今回、ジャックが作ってもらう刀っていう武器が、どういったモンか見物だな。よし、俺らもちょっと見ていくか」


 マーシュはクレアに目配せして立ち上がり、親方フルブライトとジャックが話し合っているテーブルへ行った。最後にはロイも加わり、この鍛冶屋にいる全員がテーブルに集まっていた。


「…なるほどなあ。重さで叩き斬る用途の剣じゃなくて、引き斬りつつ鋭く断ち斬る剣ってことかい?」


「はい、フルブライト殿。そして強硬ならばよい物、というものでもありませぬゆえ、しなやかさも持ち合わせるものです」


「おうよ、そんなことぐらい任しとけ。お前さんの描いた絵によると反りも緩やかに、切っ先も鋭くってか?」


「その通りです」


「……片手でも振れるに武器にしては、柄が長いな」


「片手で振るのは切迫した状況のみなゆえ、大前提では両手で振ることでありまする」


「ほうほう。んで、この『蛤型』(はまぐりがた)ってのはどういうこったい」


「これは…こう……こういった、剣尖から見た図で…」


「小僧、それなりに絵がうまいな。…水生モンスターの『フューラーシェル』とそっくりだ」


「ふゅーらー?」


 聞き慣れない単語にそのまま反復したジャックだったが、フルブライトはいやこっちの話だ、と言ってから話を戻した。


「さて、作業工程もだいぶ詳しく書き込んでくれたが、お前さんはどっかの鍛冶工房で働いていたりしたのかい?」


「……いえ」


「そうか。ふむふむ、鑢目、切っ先の造り込み、縁金、鯉口、鍔、はばき…いやはや、難しい物を作ろうとさせやがるなあ」


「ご無理を承知で頼み申す」


「おいおい小僧、俺をあんま嘗めんなよ?無理とかはねえんだ無理とかは。

 難しい物事ほどやりがいがあるのは当たり前だろ。ましてやこの俺が武器作りにおいて、臆するなんてのもねえし、初めて作る物だからってお粗末な物を寄越す気はねえ。もう俺の頭ん中にはくっきりはっきりと、イメージが出来てる。心配すんな、お前さんの予想のはるか斜め上を行く得物を仕上げてやる……おい、ロイ!!」


 未知の武器への挑戦だろうか、それとも刀という武器の性質に魅せられたのか、高揚した声でフルブライトは弟子のロイを呼んだ。全員がすぐそこに居たためにフルブライト以外の人間が思わず耳を塞いだほどの怒鳴り声だった。


「親方、ロイ君はすぐそこにいるっつうの……」


 耳に指を当てながら憎々しげに言うマーシュには目もくれず、フルブライトはさらに続けた。


「俺はこれからこの小僧の刀を作る。ちょうどギルドからのノルマはもうちょいで終わるから、それはお前に任せる。良い機会だ。あれらはお前が仕上げしろ」


「おいおい親方、ずいぶんと気前が良いんじゃないか?変な物でも食ったか?」


「ふん。どいつもこいつもつまらん得物ばかり俺に作らせていて辟易《へきえき》していたところじゃ。この小僧の手の平と面構え、それと歩く時の足運びを見れば生半可な鍛え方じゃないのは分かってる」


「代金はいくらだ?」


「そうさな、出来次第では…金貨3枚だな。これでもかなり値引いてるぞ」


 金貨三枚という値を聞いて、マーシュとクレアは、げっという顔をした。確かに一品モノの武具を製造してもらって、安く済ませられるわけがないのは、二人も重々承知していたが…マーシュとクレアは、オーガや第三の眼球を倒した報酬で何とか払えると踏んでいたのだろう。


 額を言い渡して見据えるフルブライトに、2人がたじろぎそうになったその時、ジャックが担いでいた袋をテーブルの上に置いた。


 全員がジャックの方を見たが、それからすぐに彼らの目線はジャックが袋から取り出したあるものに釘付けになった。


「おい…小僧。それはもしや」


「ある人間から譲ってもらった品物です。まあ、使い方も分からない故にこれを代金代わりにしてもらえば、こちらとしては助かりまする」


 ジャックがフルブライトに手渡したのは、ウーゴが履いていた靴だった。大跳躍の秘密があるそれを手渡したが、マーシュとクレアはどうにもピンと来ていない様子だ。ジャックは2人の方に向き直った。


「お二人がこれを代金代わりとして、フルブライト殿に譲っても良いと仰るかどうかはまた別の話ですが……」


「その靴、か?」


「どんな代物なの?」


 答えたのはフルブライトだった。


「これはな、元はドワーフ族の編み出したものとされる『魔道具』でな、これを履いて魔力を一定数込めると常人では考えられない大跳躍ができる。ある意味一種の宝なんだが、だからといって、着地の衝撃まで和らげるようなこともねえから、使える人間は限られるぞ」


「……もちろん、お二人がこちらを手元に残しておきたいなら、刀の話はまた次回ということで構いませぬが」


 マーシュは少しの間、頭をこりこりと掻きながら考えていたが、少しクレアと話し合った後、決心した顔でジャックに言った。


「そうだな、その靴は売っぱらって、刀を作ってもらおうか。親方、どれくらいまけてくれる? 宝を渡したんならそれ相応だろ?」


「くっ…ぐ、ぐははははは~! マーシュ、てめえも中々の甘ちゃんだな!…銀貨7枚で十分だ。ロイ! 俺の残した仕事にヘマ扱いたら承知しねえぞ」


 顔を笑いで歪ませ、生き生きといた声色で言う親方のフルブライトに、ロイは断然高い自らの体をちぢ込ませるように頭を下げた。


「あ、あ、ありがとうございます。せ、精一杯やりますお、お、親方」







 フルブライトの仕事場『ドンドーロ』を後にした3人は、ジャックの刀を作る約束を取り付けて終わった。マーシュとクレアは、今は特に必要とする武器がないために、通常の仕事を任されたロイには武器作りを頼まなかった。


 金床通りを歩く3人のうち、ジャックは日の高さを見て大体巳の刻(10時)あたりだろうと判断したが、マーシュが懐から時計を取り出すと「午前10時15分か、ギルドの依頼板を見に行くか」と言った。ジャックが前世で見た和時計よりもはるかに小さく、手にも持てるサイズの時計を見て驚きはしたジャックだったが、その場では特に質問はしなかった。


 ギルドに着いて入り口の扉を開けると、大体の人間が現れた3人の方を見て少ししんとしていた。そしてもちろん、視線はマーシュとクレアの後ろにいるジャックに突き刺さる。3人は昨晩のジャックとウーゴの戦いが、噂程度には広まっていると予想していた。


 人の口に戸は立てられぬとは言うがな、と心中でつぶやいたジャックは、特に気にかける素振りを見せずに2人の後ろに付いていった。


 依頼板は受付カウンター横の壁に大きく貼られている。依頼板の周囲には、8人の冒険者がギルドに寄せられている依頼を見ていて、そのうち何人かは――――パーティだろうか、話し合いながら掲示物を見ていた。だが、マーシュたち3人を見てから、その話し合いなども不自然に中断し、空気が変わって気まずいものになった。


 依頼板にある依頼に目を通していくマーシュは、事前に注目を浴びるのは覚悟していた。そして彼はもし2人が気にしても自分は平然として動いていようと考えていた。


 『ま、ジャックは心配ないだろうけど、クレアは注目されるのをちょっと嫌がるはずだな』


 内心そう思いつつマーシュは依頼内容を見ていく。クレアも隣に来て、マーシュと共にめぼしい依頼を探した。


 今掲示されているのがEクラス用の依頼が6枚、Dクラスが7枚、Cクラスが3枚となっていて、大体がモンスター討伐に関する。


 モンスターは繁殖力が強い物が多く、種も数もこの世界を実質的に支配していると言っても過言ではない。歴史をたどれば大昔は国の軍がモンスターを討伐していたが、モンスターは獣と違って知能があったり特殊な能力を持っていたりするので、規律の下に動く軍隊が出動しても成果は上げられなかったのだ。


 そこで導入されたシステムが『冒険者ギルド』というもので、登録さえすれば誰でも入る事が出来る点を生かして、民衆の中から対モンスターに特化した優れた狩人を見つける。


 冒険者になると、危険は山ほどあるが高位階のモンスターを倒せば一攫千金も現実になる。このシステムが世の多くの人間を冒険者にした。


 現在では、増え続けるモンスターを倒す戦力として、武術と知識と特殊能力を併せ持つ『冒険者』というのは、世界にとって無くてはならない存在となっている。


 さて、Dクラスの依頼の内に張られているのは中級クラスのモンスターを討伐するものが多く、『はぐれウッドウルフの討伐』、『ギフティングフォーゲル(毒の鳥)の討伐』……など様々で、さすがにゴブリン討伐や大爪ネズミの討伐といったEクラスの依頼は無視した。


 マーシュが依頼板を見ていると、クレアが前に進み出て一枚の依頼用紙をはがした。周りの人間はちらちらとクレアを見てはいたが、彼女が取ったのはDクラスの依頼だと分かると、最初と比べてだいぶ興味を失ったようだ。


「何を取ってきたんだ?」


 依頼板前の集団から少し離れたところで、マーシュがクレアの持つ紙を見せてもらう。依頼内容は、はぐれウッドウルフの討伐だった。


 目標地点は、都市ロメオから西へ4㎞ほどの森の入り口あたりで、そこに夕暮れ時に出没するはぐれウッドウルフを6匹討伐しなければならない。討伐したことを証明するための部位は首か左の耳で、全て討伐することで銀貨1枚と銅貨6枚といった報酬がギルドから払われる。


「今日の内でも済ませられると思うわ」


「ふむふむ、悪くねえんじゃねえか?歩いてもそう時間はかからないしな」


「ウッドウルフとは如何(いか)なるもので?」


 ジャックがそう質問すると、クレアが少し考えてから口を開いた。


「なんて言えばいいかな…『ウッドウルフ』というのは、そもそもモンスターじゃなくて動物なの。それが成り下がって凶暴化すると、初めてモンスターとして扱われるの。元は森の奥深くにある神聖な大木を守る役目を、大昔から負っているとされるオオカミなんだけど、何らかの理由でその群れから追放される個体がいるのよ。その個体が理性や神聖さを失って、凶暴なモンスター……『はぐれウッドウルフ』になるのよ」


「まあ、そこら辺の話は、昔から学者や宗教家が議論していることだ。ともかく俺たちはそいつらが現れたら、キッチリ討伐しなきゃならないってことだ」


 まあ、そこら辺は説明しながら行こうぜ、と言ってマーシュが受け付けカウンターへ依頼用紙を持ち込もうとしたが、クレアが用紙をマーシュから取ってカウンターへ行ってしまった。受付嬢はあのアマンダだった。





 街道から離れて歩を進める3人は、時々ちらりと見えるモンスターの影や体を横目に見ながらも、緊張していない様子で話していた。


 街道はロメオの北門と南門から伸び、東と西には平原と丘が広がり、さらに歩けば山にも辿りつける。


 ちなみに山賊たちが出没していたのは北東にある山の中である。北への街道を進んでいくと山道に入るため、そこを通ってきた人間相手に略奪や襲撃を行っていたのだ。


 さて、先頭を歩くのは「探索者」としての能力に秀でるクレアで、マーシュとジャックは並列に歩いていた。


「…とまあ、ウッドウルフの情報についてはこんなもんだ。分かったか?」


「ええ。理解いたしました」


「よっしゃ、それなら心配はないだろ。ん~と、依頼者は木こりのフルクっておっさんか。夜の内に食料や材木に被害を受けているらしいな。夕暮れにはもう家で休んでいる習慣だから、最初の被害の時にはまったくもって気がついたときには遅かった……と」


「標的が現れるまで、夜を待つのですか?」


「そうとも限らないわ。森から出てくるのは夜だけど、昼間は森にいる。森に入ってある程度明るいうちに仕留めるのもいいのよ」


「そうだな。夜の平原で戦闘するのか昼間に森で戦闘するのかって二択になるかもな。今回は。どっちもどっちな気がしないでもないが」


 一行はそれからも平原を進んでいったが、ふとジャックがマーシュの方に顔を向けて言った。


「そう言えばあの時、何ゆえ靴を売る方を選んだのですか?」


「ああ、あれな。確かにあれは貴重なものだったが、だからといって俺とクレアが今すぐ必要な物かどうかって考えたら、実際そうでもないんだ。家の屋根を越すようなジャンプは一見凄そうだが、必要なのはお前の武器だ。今背負っている武器はお前にとって扱いづらいものだろ?優先する物ぐらい考えてるよ。つーか、どうせありゃあウーゴたちの誰かから奪ったやつだろ。お前の戦利品じゃねえか」


「……お二人は俺に甘くありませぬか?」


「くくっ、さあな。そう思うんならそうなんじゃねえの?」


 二人の話を聞いていたクレアもどこか吹き出しそうで、ジャックは有り難いと感じつつも、どうにかして足手まといになったりしないようにする、と心で宣言した。




 依頼主の家に向かう3人の、各々の装備は特に代わり映えはなく、マーシュは愛用の長弓を持ち腰の矢筒には13本の矢が入っている。クレアは2本の短剣を腰と背中に差していて、ジャックも手入れを済ませた曲剣と大鉈を身にまとっている。


 歩き続けること20分。陽は熟れたトマトのような赤みを帯び、前方近くに山が見えてきてだんだんと平原から林になってきたところで、周囲の木陰から妙な影が数匹まとわりついてきた。


 先頭を歩いていたクレアがそれに気づいて、後ろの二人の方に振り返ると、ジャックもマーシュも頷きを返した。

 影は小柄な人型で、3人が歩調を速めると追いつこうとしてきたのか、木立に隠れながらの追跡がだんだんとおざなりになり、やがて姿を3人全員が捉えることが出来た。


「ゴブリン……だな」


 マーシュがその名を口にすると、クレアは歩みを遅めた。


 ジャックはちらりとかいま見えた姿――――全身の色は汚く赤茶け、腹はだらしなく出て角を持つ子鬼を見て、マーシュが口にした『ゴブリン』という名をそのまま小さく復唱していた。


「どうするの?マーシュ」


「木こりの家が近くにあるこんな浅場の林に、ゴブリンがうろつくのはちょっと珍しいな」


「はぐれウッドウルフが出てきた影響じゃない?ランクはゴブリンの方が低いし、おいやられたのかも」


「その線が妥当だな。ま、このまま進み続けて木こりのおっさんに迷惑かけるのも避けたいし…うん…よし…うん…ここで倒しておくか!」


 歩みを止めてマーシュは宣言するや、後ろ手取り出していた矢を瞬時につがえて即座に射っていた。今の話しながらの奇妙な間の置き方は、彼なりのタイミング探りだった。


 ギュウッ?!


 その甲斐あって放たれた矢は見事に、ちょうど木から木へ移ろうとして姿を現した1匹の腹部を捉えた。

 ゴブリンが刺さった矢を握りながら叫び声を上げると同時に、周辺の木々から一斉に不快な鳴き声が響く。


 ジャックが連想したのは、村のガキ大将の威嚇の声に猪豚のぶきゅりとした鳴き声で、まさにそれを混ぜ合わせた叫び声がゴブリン一匹一匹の声だった。

 二振りの短剣を構えるクレアは首を数回、回して目で素早く数を確認し、「棍棒4!剣1!石斧2!」と叫んでゴブリンたちの武器と数を2人に教えた。


「よし! ジャックはなるべく前に出て倒してくれ。難しいことは考えるな」


「承知した!」


 腰の曲剣を抜きつつ駆けだしたジャックは2人から離れ、粗末な棍棒を持つ4匹のうちの1匹に突きを見舞った。


 のどから赤い噴水を出すゴブリンは、棍棒を振り上げて防ごうとはしたようだが、ジャックからすれば蠅がとまるような動きだった。それこそ剣を習う子どもの方が、まだマシだと思うような緩慢さだ。


 瞬間的に崩れ落ちる味方に驚いたゴブリンたちだが、その驚いている暇がさらに2匹の命を奪った。


 残った1匹の棍棒ゴブリンは、ジャックに向かって唾を飛ばしながら叫び、振りかぶって棍棒を投げつけてきた。ジャックが苦もなく首を傾けて棍棒を避けると、すぐ目の前には宙に浮きながら歯を剥き出しているゴブリンがいた。


 飛びかかって噛みつこうとしてきたゴブリンと、ジャックの姿が交錯する。受け身も取れず地面に倒れたゴブリンは派手に血をまき散らし、上半身と下半身が分かれていた。


「ギャウッ!」


 4匹のゴブリンを屠ったジャックの背後から、忍び寄っていたゴブリンが剣を突き出して勢いよく突進してきた。


 唯一、まともな武器を持っていたゴブリンだった。少し錆のあるその鉄の剣で突き殺そうとしたが、あっさりとジャックの曲剣に跳ね上げられて、ゴブリンの持っていた剣は、冗談のような高さまで宙に飛ばされていた。


「剣はしっかりと握らんか。いや、無用の忠告か」


 丸腰になったゴブリンに向かって呟いたジャックは、脳天から一気に斬り下ろして唐竹割(からたけわり)にする。斬り下ろした直後に素早く飛び退いたジャックは、吹き出す茶色の血から離れて返り血を極力浴びないようにした。


 細身の曲剣でゴブリンを一気に真っ二つにしたので、血を払ってから、さすがのジャックも刃こぼれがないか確認する。骨まで断ったので、そろそろこの曲剣が刃こぼれなどの損傷具合があれば、ここに捨てていくつもりだったが、刃には全く刃こぼれがなかった。


 よしと言ってからジャックは、すぐさまマーシュらの方向を確認した。


 すでに2人は残りのゴブリンを始末したようで、構えを解いて楽にしている。クレアの足下には首を何度も切りつけられたゴブリンの死体が転がり、少し離れたところに転がっているゴブリンには矢が頭に突き刺さっている。


「おう、ジャック。怪我はないか?」


「ええ、かすりもしておりませぬ」


「さすがだな。まあ、俺も先輩冒険者として下手こくわけにはいかないし、ちゃんと命中して良かったぜ」


「素晴らしい狙い目でしたマーシュ殿。クレア殿も瞬く間に敵の数を確認し……」


 ジャックが言い切ろうとしたところ、マーシュが慌てて手を振ってそれを中断させた。矢を拾ってくると告げて離れたマーシュを見てから、クレアの方を見ると彼女もどこかそっぽを向いて短剣をいじっていた。


 自分に何か失言があったか振り返ったジャックだったが、単なる照れ隠しであったことに気づいたのはそれから10分ほど経ってからのことだった。




 木こりのフルクの家に着いたのは、日が暮れるかという頃だった。それは家というよりも小屋といった方が正しく、建てられて長年を経たからか、壁はどことなく変色している。


 家の側面の材木置き場は粗末な屋根があるだけで、材木や蜂の巣箱はゴミのように食い散らかされていた。特に倉庫があるというものでもなく、ウッドウルフを遮る物はなかったのだろう。


 マーシュが扉をノックした。


 出てきたのは、クレアとたいして変わらない身長の中年男性で、地味な茶髪と顎髭を持ち顔は憔悴(しょうすい)して何かにおびえているようだ。実際に、そろそろと扉を開けてこちらを見ると、露骨におびえた顔を見せた。


「あなたたちは?」


「ギルドから依頼を受けてきた冒険者です。はぐれウッドウルフを討伐しに来ました」


「そうですか。よろしくお願いします」


 そう言って木こりの男性が扉をバンと閉めてそれきりになった。


 依頼者のあまりの態度に、何を言っても良いのか分からないマーシュは、後ろに立っている2人の顔を伺った。ジャックは特に変わらない表情だったが、クレアの方はだいぶストレスがたまっている様子で、不機嫌そうに眉を歪ませて腕を組んでいる。


「……どうする?」


「私に聞かれても。お金さえ払えば事は済むと言いたいのかしらね、あの人は」


「そうだなぁ。俺は腹立ったって言うより驚きだな。何だってあんなに拒絶するんだ?」


 ジャックはマーシュの持っている依頼紙を見せてもらって、よく読み込んでみると、依頼を出したのがおよそ2週間前となっていた。


「ふむ、仕事の遅さに憤慨したのかもしれませぬな」


「2週間も待たしたのは、さすがに申し訳がないとしか言えないな。でも、被害状況だったり出没したときの詳しい話が聞けないのは困る」


「そうね。まったく、困ったものだわ」


 徐々に沈んでいく夕日がとまることはない。

 小屋の後ろから伸びている小道は山へ続いていて、所々の木が作業の跡で切り株のみになっている。木の影が伸びて面積を広げ、この林の中に建つ小屋周りを暗くさせていく。

 木々の隙間から見える赤色光は濃さを強くしながらも、地平の舞台袖へ退場する。


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