3人の冒険者
貧民街にて起こった戦闘の後、ジャックは警備隊に冒険者登録証を見せつつ事情を説明した。
ジャックに誘導された警備兵の面々は、転がる死体やもがくウーゴを目にして言葉が出てこなくなっていた。自らジャックは自分のしたことだと正直に話したのだが、警備兵たちはそれでも半信半疑といったようであり、一応拘束されたものの、すぐにジャックは自由の身になった。
仕方なくジャックは冒険者ギルドへ向かって、ソル・グレンジャーに話すことにした。
ウーゴたちがジャックの口を封じようとしたとき、ソル・グレンジャーのことを恐れている発言をした。だからという訳ではないが、下手に後からグレンジャーの耳に入る前に、こちらから事情を説明することで、ウーゴ以外を殺してしまったことが、やむを得ないことだったと認めてもらうつもりだ。
何はともあれ、自分が人を殺したことには変わりないので、ジャックは隠し立てするよりも名乗り出て、正当化することを選んだ。
ギルドの建物に着くまでに、ほとんどの通行人がジャックを見ていた。目を引くのはジャックの服に付いている返り血だけでなく、背にある大鉈と返り血を付かせている者自体が、年端もいかない少年であることだ。
ジャックもちらちらと向けられる視線を感じながら、歩みを進めて冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドはまだ明るく、営業が終了しているということはなかった。扉を開いて中に入ると左手の食事スペースのほうには人は少なかった。ある程度の人数はいるのだが、昼頃に来た時よりも静かだった。
やはりジャックの返り血が冒険者らの興味を引いたようだが、目もくれずジャックはカウンターにいる受付嬢に話しかける。
「グレンジャー殿はまだ二階にいますか?」
受付嬢はアマンダではなく、濃紺のショートボブが似合う女性だった。
ギルド長の所在を問うジャックに訝しむ受付嬢は、ジャックが冒険者登録証を示してもあまり反応を示さなかった。
「どういったご用件でしょうか」
「至急申し上げたいことがあるので、かなうならばお目通り願いたい」
「アポイントメントはお持ちでしょうか?」
「あ、ぽ?……いえ、そのようなものは持ち合わせてはおりませぬ」
「お持ちでないのならば急な面会は致しません」
冷静な口ぶりで断る受付嬢はその『アポイントメント』というものを持っているのか確認してきた。もちろんジャックの懐にそれが入っているはずもなく、また見たこともない『それ』を誰かに借りるツテもないので今日中にグレンジャーに会うことは諦めることにした。
「ならば出直しましょう。だが、伝言は頼めますか?」
「はい。それならば」
ジャックは受付嬢から紙とペンを借りてソル・グレンジャーに向けての伝言を書いた。
要約すると、
『突然の用をお許しいただきたい。伝える義務があるのかどうか正確に判断しかねるために、黙って済ませるよりも先に耳に入れておくことにします。
まずギルドの法では冒険者同士のいさかいに干渉せず、ということですがそれは相手を殺してしまったとしても、適用されるかどうかを教えていただきたい。先ほど冒険者と思われる4人組から襲撃を受けてやむなく応戦し、3人を殺めてしまいました。もしこれが罪となれば、反抗せず沙汰を受ける所存でございます。処罰されるならその際、願わくばクラスD冒険者マーシュとクレアの両名には関連ががないと判断していただきたい』
書き終わってから受付嬢に渡したジャックはギルドを出た。
ジャックが『蒼き駿馬亭』に戻ったのはだいぶ夜も更けてきた頃だった。別棟へ向かって静かに部屋に入るとクレアとマーシュは眠りについていた。
ベッドが2つしかないために普通ならばジャックの寝るスペースは無いのだが、マーシュとクレアは二人して自分の枕の隣に、服や何やらをくるんだ簡易な枕を作って置いて眠りについていた。
どちらの隣にも入って良いということだろう。
『そこまで子どもではないのだがな』
暗闇の中で小さく苦笑いしたジャックはベッドには入らず、木製の丸イスに腰掛けて一息ついた。
座って装備を解く。すると精神的にも、武器が得物が自分を解放してくれたと思って本当の意味で一息ついたと感じることが出来た。
イスから降りて代わりに剣をイスに置く。床にあぐらをかいて先ほど聞いた『アポイントメント』というものについて考える。前世では武士として生きて52歳で死に、今も「ジャック」という少年として生を受けているが、アポイントメントというものは耳にしたことが無かった。もしこれがこの不思議な世界で生きていくのに必要な物だとしたらと思ってから、自嘲めいた笑いを漏らした。
そもそもこの世界は長い長い夢の世界なのかもしれないのだ。夢ならば少年の姿になるのも妖魔の類がいるのも頷ける。前世では自分は年長者だったから、人に甘えることなどあまりなかったから、マーシュやクレアのような年長者を夢見てしまっているのではないか。
そこまで思考が進むと、急に『アポイントメント』の意味を考えるのも馬鹿馬鹿しくなったのか、そのままの姿勢で眠ることにした。
部屋に入ってくる朝日で目が覚めたのはクレアだった。格子窓から降りしきる陽光を顔に受けて、まぶしさに逃げるように寝返ったが、背にのみ受ける暖かみが目覚めを促してくる。
起きるか、と決めて足や指を動かして凝り固まった筋肉をほぐし、体全体でのびて数十秒それを維持した。ようやく上半身を起こしたクレアは部屋を見渡した。
マーシュは窓の角度の関係で日の光を浴びずまだいびきをかいて眠っている。そしてマーシュ以外には誰もいない。昨晩はジャックが帰ってきたときのために寝るスペースを空けようと、マーシュが言ってクレアも倣って枕を作って待ったのだ。
もしもジャックがマーシュの方に行かず、自分のベッドに潜り込んできたらと考えて、いつもよりも緊張して―――といっても悪い緊張ではない―――寝付きが悪かったのだが、いざ起きてみれば当の少年はこの部屋にすらいなかった。
部屋の隅には昨日、ジャックが素振りのために持っていった大鉈と曲剣が立て掛けられているので、一度はこの部屋に戻ってきたことになる。どうやら夜の内に二度も外出したらしい。
とにかくどこへ行ったのかは分からないが、もしも夜の街にでかけて何か危険な目に遭っていたとしたらとクレアは考える。
そのうち居ても立っても居られなくなったのか、急いで着替え、廊下に出ると、廊下の窓から見える空き地にジャックの姿があった。
クレアが今見えているのは、石像のようにぴたりと構え立つジャックを横から見た姿で、ジャックは二階の窓から見ているクレアに気づいている様子はない。
ジャックの構えは、右足を左足より前に出して、手も右手の方が左手より前になっている。手には何も持っていない。曲剣も大鉈も持たずにいるが、手は何か別の物を持っているように軽く握られていた。
――――ジャックが動いた。
足を前後に動かしながら素振りを始めたのだ。もちろん剣が握られているわけではない。だがそれでもクレアの目には、一振りの剣がジャックの手の内にあるのが見える気がした。しばらくそれを眺めていると、まっ直の素振りから袈裟に斬るものや、踏み込んで地面まで振り下ろす素振りなどに変化した。素振りは何通りもあるようだ。
そして素振りが一通り終わると一礼をして、次に一人の人間と戦っているように動き始めた。
よくよく見るとジャックは靴を履いていない。今やっている動きは、仮想の敵と相対して動いているのだろう。足さばきや構えに崩れは見あたらない。疾風のように動き回っているにもかかわらず、背筋をすらりと伸ばして全くブレず、目の前にいるであろう敵には常に正眼に構えている。
機を見つけたのだろう。
一瞬で踏み込んで、腕を振った。踏み込みの速度や距離は申し分ない。素手であの距離ならば、剣を持てばさらに遠くの間合いまで届いていた。もしも仮に自分が相手だったとして、あの一撃を防げたかどうか……いや反応さえできるかどうかも怪しかった。
ジャックが一礼した。やはり仮想の相手に対して礼をするという決まりはこれまでも聞いたことがなかった。
最後には一連の動作を、何通りにも分けて丁寧に繰り返し、徐々にスピードを上げて行うといったものになる。
もはやジャックの剣の腕前は、15、6歳にしては抜きんでていることをクレアは理解した。
これまでもそうだったが、クレアはジャックがただの奴隷であったとは思えなかった。そしてこの光景を見て、さらに疑問が膨らんだ。
熟練の騎士ですらここまで念入りの鍛錬はしない。それにジャックの動きに荒削りな所は一切見あたらず、まるで何十年も地道な鍛錬を続けたかのように滑らかに、そして当たり前にこなすのだ。そもそもジャックの動きには、ここいらでは見たことのない、一風変わった文化が感じられる。
「やっぱあいつの素性は気になるよな」
「っひゃあ!」
いつのまにか隣にいたマーシュが、いきなり声をかけてきて、クレアは変な叫び声を上げてしまった。その様子にマーシュは笑いをこらえていたが、ひとしきりすると真面目な顔になってジャックの方を見た。
「お前が疑問に思うこともわかるさ。どう見たって、奴隷なんかでくすぶっていたようなやつではないってことは分かるし、あの動きを見てちょっと心得のあるやつなら『ただ者じゃない』って思うのは当然だ」
「……まあ」
「けど、それを詮索するのはもうちょい後にしようかなって俺は思うぜ。あいつの得体の知れない所は何かワケあってのことだろうしな。…15くらいの年のやつがよ、あんな腕前持っていたり躊躇なく自分の腹切ったりするなんて、どんな人生を送ってきたか想像つくか?」
「壮絶すぎるわね」
「だろ?なら下手なこと言わずに接してやろうぜ」
「いや、どちらかというとあんたが酒であの子を酔わせて聞き出そうとか、隠し事はしないで話せば楽になるぞ…とか、色々やりそうで怖いんだけど」
「あー、まあ、うん」
煮え切らないマーシュに、クレアは「否定しなさいよ」と言ってから、窓を開けてジャックに声をかけた。
「ジャック!朝ご飯食べに行こう」
稽古の最中に声をかけられたせいだろうか、ぴくりとおかしな反応をしてから、ゆっくりとジャックがこちらを見てきた。
額にちらつく汗が陽光に跳ね返って光り、いくぶんか上気した顔はどきりとさせるものがあった。ジャックの容姿は、口も鼻も中庸であって人々が振り返るような美少年とはいえないのだが、奴隷生活を過ごしていたにしては傷みのない肌、そして落ち着きのある目元はどこか少年とは違うものがある。
そうして全体を見れば、派手さのないおとなしい美しさがある。黒い髪に黒い瞳はこれまで見たことがなく、ジャックは異国で奴隷商人に捕らえたのだろうか、などといった想像が働いた。
「わかり申した。今そちらへ行きます」
ジャックの声で、想像があちらこちらへ飛んでいたクレアが我に返った。マーシュのほうを見るとおいおいといったにやにや顔でこちらを見ていた。
3人が食事をとるのは、特に街中の料理店でというわけではなく、『蒼き駿馬亭』の本館で朝食を食べた。ジャックの前世で食べていたものとは、ひと味もふた味も違った料理が次々と出てきたために、食べ方からしてマーシュとクレアに教わった。だが、難航を極めた。
「ちょい待ち、ジャック。それはスプーンじゃ食べられないだろ」
「ならば、こうして……」
「ああ!汁がこぼれたぁ!」
「え、この果実は」
「いや、それを素手で食べたら汁が飛び出すんだよ!」
「…あーあ、着替えなきゃいけないわね」
「う、申し訳ありませぬ」
「あ~そもそもジャックはスプーンがまだ使えても、ナイフとフォークの使い方は、てんでだめだなぁ」
「箸などはないのですか」
「ん?はし?なんだそりゃ」
ちょっとした騒ぎになっている3人のことを見ている人間は多く、迷惑がるのが半分と憐れみ半分といった視線だった。
大柄で色の黒い、この宿の女将のマリー(通称マリーベア)に至っては、それ以上食べ物をこぼしたりやかましくしたら張っ倒すぞ…といった顔をしていて、それ以降はマーシュが手取り足取り教えることで、何とか食べ終えた。
「ふう、とりあえずは腹一杯だ」
「そうね。じゃあ、私は着替えてくるわ」
「おう。ここにいるからな」
ジャックがこぼした果汁で、服が汚れてしまったクレアはそう言って席を立った。今一度クレアに頭を下げてジャックは謝ったが、クレアも気にしないでといった顔で手を振って去った。
「ジャックは一般常識がうといところがあるなあ。けど鍛冶屋のことを知ってるしな…まあ俺らがそこんところを教えてやるし心配すんな」
「はい、迷惑かけますがよろしくお願いし申す」
「ようし、なら俺の教え一つ目だ。『堅苦しい言葉は身内には使わない』」
「というと…」
「つまり俺やクレアくらいには、気楽な言葉で話そうぜってことだ。お前に腹の傷を治療してやったり、寝床を世話したが、俺やクレアだって間接的にお前に助けられてるんだ。オーガや第三の眼球と知らずに出くわしていたら、俺たちは死んでいたんだからな。な?だから他人行儀はやめたらどうだ」
「ですが」
「いいから。おあいこって分かるか? ちょうどおあいこだから負い目に感じたり遠慮はいらねえよ。ジャックも含めて『俺ら』って言いたいくらいだぞ。まあ、お前が俺から距離置きたいってんなら…」
「そんなことは全くありませぬ」
ぴしゃりとそう言い切ったジャックにマーシュは少し驚いたが、ジャックの訴えるような視線は変わらなかった。
「マーシュ殿とクレア殿を疎んじるなど、誓ってありませぬ」
さらにぐいと押すようなジャックの語気に、辺りが静かになった。食事の時からそれなりの人数がマーシュたちのテーブルを見ていたからでもある。茶化すように誰かが口笛を小さく吹いたような気がしたが、あわてて引っ込んで黙っていた。
だが、周囲の視線を意に介さないジャックはマーシュの目を見て外さない。
「距離を置くなどといった感情はない…ですが、迷惑をかけたくはないのも、また実です。そんな心持ちであったせいで、昨晩の出来事をお二人には黙っていようとしていた所存でした」
「昨晩ってお前まさか本当に……」
「あ、夜遊びではござらん」
「え?あ、おうそれは信じてたぞ。うん」
「刃傷沙汰になってしまったのです」
つまり素振りの件は真っ赤な嘘でした、とジャックは告白した。
ジャックの申し訳なさと憂いが同居している面持ちを見て、マーシュは何となく返答に困った。手は自然にコップを持っていて、無意識のうちに水を飲んで落ち着けようとしている。
突然の事に少々混乱したが、冷静にマーシュは考えた。街について早々に騒ぎを起こしたことに怒った方が良いのか、それとも迷惑にかけないようにする気遣いを汲んだほうがいいのか、はたまた正直に話してくれなかったことに対してやっぱり怒ったほうが良いのか…と。いつの間にか互いに沈黙していたままになったが、マーシュが一つ一つわけを訊いていった。
「そうかい。そんなことがあったんだな、昨夜は」
「信じてくれるのですか?」
「おいおいおい、この期に及んで信じないもねえだろジャック。今朝のお前の鍛錬を見て、そこら辺の冒険者数人がかなうとは思わないし、つーか、大前提で無意味な人殺しをするやつじゃないと信じている。
もしもお前がどうしようもないろくでなしだったり、殺人享楽者だったとしたらとっくに俺らは……それこそ『こっちが』距離を置いてるぜ。面倒も見てないし助けたりもしてない。腹の治療を終わらせてから、『ハイ、さよなら』ってやつだ」
「…もったいないお言葉」
「何がもったいないんだよ。まあ、それはさておき、ウーゴたちの件についてだが…とりあえずあいつら4人が、一つのパーティを組んで冒険者として活動していたのは確かだ。俺も前に一度くらいは手を組んで依頼をこなしたこともあるから、まず間違いない。
もちろんドルザの弟分だったことや、ディーセント帝国との密輸の件については、俺も初耳だし、誰もが知らなかったことだろうがな」
「…つまりは、昨晩の戦闘はギルドが関与しない『冒険者同士のいさかい』に該当すると?」
「おう、そーなるな。だから警備隊に拘束されるとか、冒険者の登録が抹消されるとかは心配しなくてもいいぞ。それよりも問題なのは、ディーセント帝国の人間との密輸のことだ」
「この国で魔物の密輸は重罪となるのでしょうか?」
「あー、場合によりけりだけどな。他国に売っても罪にはならねえのは、ランクの低いモンスターだったり、どこの国にも生息するような絶対数の多いモンスターの場合だな。弱くて餌付けできるなら飼育するのが目的で買う人もいるからってことだ。たしかギルド長のペットも『スノウムササビ』ってやつだったな」
「ならば三眼オーガを他国へ売りつけるのは御法度というわけですか」
「いや、どっちかって言うと『第三の眼球』のほうが有罪の理由になるだろう。オーガもCランクモンスターだが、同じCランクでも第三の眼球の方が希少でしかも兵器として使われる危険があるからな。つまりその両方が合わさって『三眼オーガ』として売りつけるのが奴らにとって最善だったに違いない」
「……ねえ」
一から聞かせてもらえないかしらという声が、マーシュの背後からしたかと思うと、そこにはクレアが立っていた。腕を組んでいるクレアの指先は一定のリズムで叩かれていて、マーシュはそれを見るやいなや、今にもまずいと漏らしそうな顔になり、ぎこちなく席を勧めた。
マーシュには分かることだが、クレアのこの指を叩く仕草は彼女のご機嫌斜めを象徴するものであり、ひどく待ち合わせに遅れたときや、忘れ物をしたときなどに見せるものだった。
「女性の着替えがそんなに時間かかると思ってた?さっきから聞かせてもらったわよ」
「盗み聞きじゃねえか」
「人聞きが悪いわね。大体、そんな物騒な話をあなた達二人だけの物にしようとしても無理な話よ。盗み聞きって言うくらいなら、最初から誰にもばれないようにしなさいよ―――――座るわね」
「はあ~。どっから聞いてたんだ?」
「あそこよ、あの、『ハイ、さよならってやつだ』ってところから」
「あらかた知ってんじゃねえか」
それからは適宜マーシュが補足を入れつつ、昨晩の経緯をジャックが説明した。
――――――やがて3人が席を立って『蒼き駿馬亭』を出ていった。特に言い合いにならなかったのはこれから先一つのパーティとして動くことに、異存がなかったからであろう。
ジャックの異世界に転生してからの、横文字の単語に対する知識はまだ完全ではありません。




