貧民街にて
少し長くなりました。
都市ロメオの大通りを歩く人々は昼食時を過ぎて少し減っていたが、だからといって活気が失われているというわけでもなかった。
ロメオの大通りは富裕層も闊歩するため賑わいつつも品があり、市場などの激しい人波を生み出している場所ではない。『蒼き駿馬亭』に面する市場通りと比べてジャックは違いを感じていたが、今はかえって好都合だった。
「なあジャック、急な用事ってなんだよ?もうちょっとギルドでゆっくりしていけばいいのによ」
「いや、あまりに急じゃが申し訳ございません。あのギルド長といいたくさんの冒険者といい、やはり人の多いのは居心地が悪うてしかたなく」
「ううん、お礼を言わなければいけないのはこっちよ。ギルド長が『オーガの血液の色は?』…なんて訊いてきた時なんか、心臓飛び出るかと思ったわ」
「そうだよなあ、俺たちが来たときにはオーガは死んでたし、そもそも大きな傷はジャックの切断した手首の健だけだろ?俺たちが記憶しているわけねえよなぁ。…今回はジャックの助け舟で乗り切ったが、これ以上誰かに追求されたらやばいかもな」
言葉を続けるマーシュの顔は険しくなっていた。並んで歩きながら、ジャックとクレアは彼の話を聴く。
「モンスター討伐と違って、こういったのはギルド員がいつか現場を検証するだろ?だってモンスターなんてどんどん湧くもんだ。討伐したら誰もが部位を素早くはぎ取って証明するけどよ…こういった依頼は頭目の首、以外手を出さずにしなけりゃならない。これは貯めていた略奪物に手を出すなんてもってのほかだっていうルールなのは分かる」
マーシュはそこで区切り、続ける。
「まあ、つまり俺が言いたいのはよ、ギルドが山賊は本当に全滅しているか、冒険者が勝手に略奪物を持ち帰っていないか、わざわざ確認するだろ?ってことだ。……あの生のオーガの死体を見られたら不自然なところを追及されるかもしれねえ。山賊が射た矢は俺の射た矢だってことで通せるけど、あのばっさり斬られた手首の傷は、問いつめられたら答えにくいな」
クレアも「確かに安心出来ないわね」とマーシュに返して難しい顔をした。
何しろついさっきはギルド長に露骨なほどの疑いをもたれていた自分たちだ。ジャックがとっさに代弁したことであの場は済んだが、完全に疑惑が晴れたということではなく、他の冒険者も好奇と懐疑を持って探ろうとするかもしれないのだ。
それを指摘されてクレアもマーシュと同じく暗く険しい表情で、しばらく大通りで歩を進めていた。
「私が手首を切ったって言えば……」
ぽつりとクレアが口にしたが、マーシュはどこか違う方向に目を向けながら返した。
「へ~え、あの短剣二本とお前の腕でか」
「いやまあ、誰も信じないだろうけどさ」
マーシュとクレアはギルド長にカマをかけられたことがよほど効いたらしく、その後も結局『蒼き駿馬亭』に着くまで、かけられた疑惑を今後どう振り払うべきか話していた。
しかしながらジャックの気にしていたことはまったく別であった。あくまでジャックは二人の会話中、一言も話さず前のみ向いて歩いた。
そうやって宿まで一言も発さず、前方の一点のみを見て地蔵のような顔で歩くのは、視覚をおぼろげにして、後方からつけてくる数人の気配のみを背中で感応するためだった。
目では見えない後ろの様子を察知するのは、自分についているとても長い尻尾を、特定の人物らにばかり踏まれて追われるような感覚だ。やはりギルドでこちらを、いや、ジャック『だけ』を見ていた男が追いかけてきている。追う気配が複数人なのは同席していた奴らと予想した。
『心あたりはある』
だからこそジャックは、ギルドから出て行く直前でその者たちに向けて、意味ありげな笑みを浮かべた。
他の冒険者が見ていたら、おかしな少年だと思うだけだろうが、あの髭面の男はまんまと引っかかったようだ。現にあまり巧くもない尾行をしているのが何よりの証拠だった。
『蒼き駿馬亭』の本館入ってマーシュは女将に部屋の鍵をもらった。別棟の部屋に入った3人はひとごこちついたのか、緊張をゆるめてくつろいだ。ジャックはグレンジャーと握手した右手をしきりに動かしていたが、特に火傷や痛みがあるわけでもなかった。
ギルドでの出来事がまだ頭から抜けきらないからか、マーシュとクレアは楽にしているものの顔つきはまだ少し固かった。
「よほどあのギルド長は、お二人にとって恐ろしい人らしいようで…」
「まあな。なんせあの人は……『ソル・グレンジャー』は元は凄腕の冒険者として名が知られていたんだ。さすがの俺でも肝が冷えたよ」
「何がさすがなのか…でも、確かにとてつもない冒険者だったのは確からしいわよ。今は偉くなって貴族様のように優美な格好をしているけど」
「なるほど。ならば一つ尋ねたいのですが、冒険者の段、ギルド長の『クラス』というのはどれほどのものだったので?」
「確か現役時はクラスAだったはずよ」
クラスA。それを聞いてジャックは受付嬢アマンダからもらった書類を取り出し、「クラスについて」の項目を読んだ。
この書類によると冒険者のクラスはE,D,C,B,A,の5段階で、駆け出しはEクラスでいっぱしがDクラスといったところだろう。
Cクラスともなればオーガやトロール、2~3人パーティでナイトゾンビや第三の眼球などといった高位階でレアなモンスターを請け負うようになる。Bクラスとなれば、下位竜種のワイバーンや人型モンスターのジェネラルがつくもの、マジックアイテムや魔法でないと傷すらつけられないソーサラーゴーストのようなモンスターの討伐依頼をこなし、時には貴族や街一つから、指名依頼を請けて各地へ移動することもある。
これらの項目を読んでから、ようやくジャックはあのギルド長の現役時のクラス『A』の項目を読む。
クラスA冒険者とは最上位の冒険者で、一つの国で活動するのが5人いればとても多い方だ。
現在ファルス王国には2人、ディーセント帝国に4人、ピルカ王国に1人、レイゼル公国に7人~10人のクラスA冒険者が現役で活躍している。
その実力は一人で複数のワイバーンやジェネラルゾンビをなぎ倒し、パーティを組めば街一つ港一つを滅ぼすような飛竜「スカイドラッヘン」や一つ眼巨人「アインスギガント」、猛毒持ちの大クジラ「ギフトヴァール」を討伐する。
そのようなクラスなれば貴族、街、都などから依頼を請けて仕事をするのが主流となり、ギルドに顔を出して通常の依頼を請けるのはごくまれとなる。
クラスAの項目を読み終わってジャックは合点がいった。確かにいくらギルド長が現役から退いているとはいえこのような実力だったのなら、マーシュとクレアが萎縮するのも無理はない、と。
書類をしまって休もうとしたジャックだが、ふとおかしな点に気づいてまた書類をめくってクラスについての項目をもう一度確認する。
「マーシュ殿、あの受付嬢が説明したクラスはE,D,C,B,A,Sじゃったはずですが」
「ああ、そうだな」
「渡された書類に、クラスSについての表記がありません」
「それ、二年前の古い方の書類か。まあ、新しいのと取り替えてもらうの面倒だから俺が説明するよ。
そもそもクラスSってのは元からギルドが制定した正式なクラスじゃなくて、冒険者たちの間で言われていた、特殊なクラスAの冒険者をそう呼んでたんだ。今でこそちゃんとクラスSって制定されてるから、新しい方の書類にはちゃんと『クラスSについて』って記載されているんだ」
「どのような冒険者なのですか?」
「そうだな…クラスAの中でも異端異質な能力を持っている者が該当されると決められているな。クラスSって呼ばれる冒険者は自分でしか扱えないような武具、呪文、道具をたやすく扱っていて、一つの得意分野にとんでもない能力を発揮する人達だ。その強さと希少さっつったら現在でも世界で10人もいないと思う。『クラスSと進んで争う勇気があるなら山を切り崩して新天地へ進む勇気を持て』って言葉を残した王様もいたぐらいだからな。
これだけ聞けばすごくかっこいいと誰もが思うわけだ。けどな、クラスS冒険者はクラスA冒険者と比べてあまり憧れられているってわけじゃねえんだ」
「と言うと?」
「あまりに極端な能力を持っているために、その、なんだ……人間的にどこか間違ってたり、ズレてたりする人が多いってことだ。俺の知ってる例を挙げると、山に籠もって何十年も世間から姿を見せずにいて、とっくに死んでたと思われていたとかは可愛いもんだ。ひどいのになると、城の警備を正面から歩いて突き破って、王様もいるのに現王妃に求婚したとか、ずっと沖合の海底洞窟を掘り進めて、地底を通って大陸に帰ってきた…なーんて話は有名だな。後は、世界中を旅するのに竜の背中を乗り物代わりにして行く先々で大騒ぎになったりとか…な」
「私も一つ知っているわ。世界中のモンスターを2ヶ月で1000種類ほど捕まえて、モンスター展覧会を開いた人もいるって話しも」
「そういうのもあったな。確かディーセント帝国の辺境にまだあったはずだ」
「それは剛毅でございますな」
「まあな。乱暴にまとめりゃつまりは、そつなく何でもこなすあこがれの的が『クラスA』で、天才だが変人なので避けられるのが『クラスS』と呼ばれる人達だ」
このように、3人は談笑して午後を過ごした。
大体はジャックが質問したことをマーシュとクレアが教えてくれるといったもので、久しぶりに談笑を楽しめたジャックは、たまにブルーノのことを思い出した。
日が暮れて部屋の明かりをクレアが灯した。窓の外をジャックが何気なく見ると、窓に面する狭い路地に四人分の影が隠れていた。
『根気の強いことだな』
くすりと笑ったジャックは立った。あまりに待たせては逃してしまうと考えての配慮だった。
立って上着を着るジャックにマーシュが驚いたように訊いた。
「おいおいどうしたジャック。外にでかけるつもりか?」
「すみませぬ。少し散歩を」
「散歩って…こんなに暗いのに?」
クレアがそう言って窓の外の景色を見て言う。大通りや市場こそ夜でも人が多くて明るいが、多くの路地は明かりもなく暗い帯を形成している。
この都市ロメオにも警備隊がいて犯罪を取り締まる機能は構成されているが、それでも貧民街や全ての路地裏を巡回するというのはあまり無かった。
危険なので止めようとクレアがベッドから立ち上がったが、マーシュが「まあまあ」と右手で制してジャックの後ろから肩に手をかけた。そしてマーシュは手を添えて耳打ちをする。
「なるほどな~やっぱり夜の街に興味あるか。そりゃそうか、お前だって男だし年頃だもんな」
「はて、なんのことやら」
「おいおいとぼけんなよ。何も恥ずかしいことじゃねえ。何なら俺がおごるぞ?」
「でしたら、ほんの少し口裏合わせを頼みたい」
そうして今度はジャックがマーシュに耳打ちした。マーシュは快くうなづく。
昨日、山賊の隠れ家から持って帰った荷物をあさってジャックは大鉈と曲剣を一振りずつ取り出した。さらに適当な紐をいくらかポケットに入れ、それらを持って一礼をして出て行った。
ジャックが部屋を出て行ってからは、ずっとクレアがマーシュをにらんでいた。
「そんなにやましいことなんだ…」
「いやいや違う、散歩だよ?……ああもう、言うからそう怒るなよ。実はあいつ、人のいないところで剣の素振りをしたかったから外に出たんだよ」
「じゃあ何で隠そうとするの?」
「あれだろ、俺とジャックの感性の違いってやつ?」
「何それ」
「あまり鍛錬しているのを見られるのは、気恥ずかしいって言ってたんだ。…そこがわからねえんだよな~~俺だったら女性にいいところ見せまくりたいのに」
「アマンダに教えとくね」
「おい、勘弁してくれ!」
一方、部屋を出たジャックは廊下にて持っていった武器の準備に取りかかっていた。
大鉈は山賊団の頭目ドルザの物で、曲剣も山賊らが1人ずつ装備していたものだ。どちらも刃は外へ反っていて片刃であり、前世で日本刀を使いこなしていたジャックは割とこの二本の形は気に入っていた。
ジャックはポケットから紐を二本取り出した。
大鉈の鞘には紐が付いているため、背中に背負わせて胸で縛る。曲剣は鞘がないので刃の部分を布で包み、柄の先にあった輪っかに紐を通して腰に帯びた。
今履いている靴というのは、前世のような草鞋とは違うため動きづらい。ゆるめに縛ってすぐ脱げるようにしておく。あとは軽く肩と足をほぐして、ジャックの準備は完了した。
廊下の先の階段を下りてすぐの玄関を出る。
外に出るとひんやりとした空気を吸いこんだ。少し待って、4人の尾行者が自分に気づいたと感じてから歩き出す。ついてくる気配も4つなのでまず上々だろう。
なにせ誰か1人でも残られたらマーシュとクレアに危害を及ぼす可能性もあったからだった。それが全員こちらに向かってきたかと思うと、ギルドでも意味ありげに笑みを浮かべたりした甲斐があった。よし、とつぶやきながらジャックは歩いていた。
後ろは振り向かずに歩いていき、まず市場の通りに出る。にぎわった市場をぶらぶらと歩いて4人がついてきているか感じつつ通りを抜けて東へ進む。
東の区域は外壁のせいもあって南や西と比べると陽あたりが悪く、貧民街もあるためあまり好んで寄りつく人がいない。もちろんそれを最初から知っていることはなく、先ほどマーシュとクレアと3人で話していた時にうまく訊きだしておいた。
ジャックが探しているのは、人気がなくさびれている場所で、さらに言えばある程度広い場所ならば良いと考えている。
10分ほど歩いてジャックが行き着いたのは、貧民街の小さな広場であった。貧民街に入ってからは狭い路地や道が続き、野良犬にほえられたり浮浪者に話しかけられたりもした。ちなみにこの広場は井戸があるため、それなりに広かった。
井戸のそばで立ち止まって振り返る。姿はなく、追うのをあきらめてしまったかと一瞬思ったが、家や路地の影からは気配がちゃんと漂っていた。
「頃合いじゃろう。出てこい、さらに隠れんぼするのは骨が折れる」
尾行者らの気配は物陰に隠れていたが、ジャックは見えずとも、明らかに狼狽の気が感じられて小さくふいた。
ようやく1人また1人と出てきて4人全員がジャックの前に現れた。
奥に立っているのはあの髭だらけの男で、金属の胸当てを着て斧を肩に担いでいる。あとの3人は片手剣、短剣などと、それぞれ違った武器を持っている。
髭の男が近くで立っている姿を見て、3人と比べても特に背が高くかなり筋骨隆々とした体つきをしているのが分かり、胸当ては筋肉に押し上げられ、担いでいる柄の長い両手斧もこの男なら軽々扱えるだろうと感じた。長剣を持っている男は革鎧を着ていて、短剣を持つ残り二人は身軽さを重視した服装だった。
「ギルドから俺をつけていたことは分かっておる。用はなんだ」
奥にいる男が進み出てくる。高みからジャックを見下ろす眼は威圧するそれだった。
「小僧、じゃあお前は俺たちに尾行されていた訳がわかってここにおびき寄せたのか?」
「ああ、そうだな。だからこそ堂々とドルザの大鉈を背負っている」
そう言って背中の大鉈を見せると、髭の大男は怒りで顔を引きつらせていた。この反応と表情から、この男らがどういった者たちなのかを今、はっきりと確信した。
髭の大男にとってその大鉈はよほど大事な物らしく、さらにドルザと呼び捨てた時の顔の歪み具合は明らかだったが、それでも激昂することもなく、大男はつとめて冷静な口ぶりで質問してきた。
「小僧、お前にはどうしても訊きたいことがあって尾行した。逃げたり抵抗したりするなよ。
まず…昨日の夜に山賊団を倒したのは、本当にマーシュとクレアだったか? お前はあいつらに助けられたとか言ってたな。全部話せ。こんな事を訊くのは俺らが腑に落ちないからだ。なぜならクラスDのあいつらが、山賊団全員と三眼オーガを倒せたなんてバカげたことなんだ。他の冒険者もそう思ってる。
あの晩に何が起こって、どうして、オーガも何もかも全滅した?いいか、下手に嘘をつこうとするなよ」
そう言うと、大男は動かないまま男3人がじりじりと扇を開くように移動して、ジャックを半円状に取り囲んだ。
それぞれがジャックに恐怖心を煽ろうと、今は武器を手の中でもてあそんでいたりしているのだが、ジャックからすればガキ大将と取り巻きがやるような、幼稚な威嚇にしか見えなかった。
「よかろう、教えてやる。山賊は俺が全滅させた。二人が着いたのはのちの事だ」
「は?っははは…嘘つくんじゃねえっ!」
「ふむ、じゃあそれはそちらの勝手だ。そう思うなら思え」
吐き捨てたようにそう言うジャックはつまらなそうにあくびをかいた。
「……」
男たち4人は少しばかり嫌な汗が流れ、互いに目配せする。どう考えてもこの状況は、圧倒的にこちらが強い立場であるはずなのに、対する黒髪の少年は子どものダダを聞いてあげているのを、呆れながら見ているといった様子なのである。この飄々とした態度に男たちは得体の知れない不気味さをジャックに抱いた。
何も言い返さない男たちにジャックがしびれをきらして質問した。
「次はこちらから訊きたいことがある」
「何だ?」
「頭目のドルザがあの三眼オーガをディーセント帝国に売ろうとしたという話は本当か? ちらっと小耳に挟んだんじゃよ。俺はこの国の法は知らぬが、あやつらがやましいことをしていたのは分かる。
そもそもお前たちは冒険者か? いくらお前らが知りたがりとはいえ、宿まで張り込んで尾けるとは不自然だな」
その不自然という言葉に、男たちの間には不穏な空気が漂う。
「よし、ここは一つ、推考家のまねごとでもしてみようか」
唇の端を上げて笑い、ジャックは自らを囲む4人を端から順に目を合わせてねめつけた。
「ドルザとホディッツは協力して三眼オーガをディーセント帝国に売る手はず。ホディッツは奴隷の童たちを運んでドルザに売りつけ、ドルザは童たちをオーガの食糧にしようとした。その後に腹一杯にさせて状態の良いオーガを売るのじゃったのならば、自然に考えて、最寄りの都市にディーセントの人間が潜んでいるのがもっともじゃ。
当初の予定ではホディッツは、途中で奴隷をドルザに売ってから都市ロメオに着いて、ディーセントの人間と落ち合って売買交渉するつもりだったと、俺はにらんでおる。まあ、ホディッツを殺して奴隷を奪ったドルザの行動は独断だろう。
そしてお前たちは……ドルザかホディッツの協力者とか、かな?もしもお前らがそういった連中ならばな、不自然なほど執拗に尾行して昨夜のことを訊きたがるのが、俺にとって腑に落ちる」
優しく物語を語るようで、その実は、男4人を真綿で首を絞めるように苦しめて狼狽させるためだった。
ジャックの推理に4人全員がぎくりと反応し、中にはあきらかに仲間と顔を見合わせて焦る者もいた。 ジャックの推理は図星だった。また、今言ったことはよほど男たちにとって知られてはいけなかったことらしく、大男のほうも視線が突き刺さらんばかりに、ジャックをにらみつけている。
様々な感情が飛び交う沈黙の中、大男が舌打ちとともに沈黙を破った。
「お前の言うとおりだ。あの三眼オーガは大事な大事な商品で、ドルザの兄貴と奴隷商人ホディッツが俺たちに持ちかけた話だ。……手はず通りにいけば今頃ディーセントの人間に三眼オーガを受け渡して、莫大な金が俺たちにの懐に入っていたってことだ。たかがクラスDの冒険者二人に兄貴たちやオーガがやられるわけがない。だから任せておいたんだ!」
「お、おいウーゴそれを言ったら……」
髭の大男はウーゴという名前を呼ばれ、やはり予想どおり、ドルザの弟分らしい。どこかで見たかと思えば、確かにドルザとそっくりな体型と髭面だ。
わなわなと震えて情報を漏らすウーゴに、長剣を持った男が慌てて止めようとしたが、ウーゴが一睨みをきかせると何も言わなくなった。
「お前らわかってんのか?! こいつは俺らを監獄にぶち込めるようなことを知っているんだぞ。確かにしらを切れば、新米のガキ1人が言ったことなんざギルドは無視するがな…『ソル・グレンジャー』が嗅ぎつけたら間違いなく終わりだ! だったらこのガキを黙らせるしかねえ!!」
鬼気迫る声と表情にウーゴ以外の3人は始めためらっていたが、徐々に自分たちの立場を理解したのか、もしくはジャックの口を塞ぐ覚悟ができたようで、武器を身構えて距離をつめようとする。
「はっ。この期に及んで悪くあがくか。こちらも薄々予期していたわ。お前らがそういったつまらん手段に走るとな。だからこそ、今こそ残党狩りをしようと、ここまで来てもらったわけだ」
「残党、だと?……小僧! もう一度訊くがマーシュやクレアじゃなくてお前がドルザの兄貴を殺したのか?!『嘘をついていました』と言って土下座するなら今のうちだぞ。舌先を切り取って街から追い出すだけで済ませてやる!」
「くどい!ドルザの首を刎ねたのは俺で、他の雑魚共を残らず斬り伏せたのも俺だ。三眼オーガも第三の眼球も同様にな。欲にくらんだ悪しゅう者には似合いの死に様だ」
ジャックが肯定するやいなや、短剣を持った二人の男が突進してきた。
見れば片方の短剣は裏の刃が黒く塗られていたため、自然と何も塗られていない男の短剣へ意識がいくようになっていた。特に夜間の戦闘には十分な効果を出すだろう。
だが、ジャックも突進してきたとほぼ同時に、曲剣を抜いて両足の靴を脱いでいた。突っ込んで刺そうとしてくる男2人の刃を限界まで引きつけ、斜め前に滑るように体を入れ替える。
直前でよけられて目算が狂ったのか、男は二人して体勢を崩してつんのめり、ジャックはそれを確認する。無防備になった二つの背中を見逃すつもりはない。
牽制する為に長剣を持つ男の方へ、曲剣を投げつけてから、背負っている大鉈を抜いて背中を二つとも薙ぎ斬った。
「ぐへぁっ!」
断末魔とともに二つの割れた背中が滑り落ちて、臓物と血が地面に広がる。
振り返ると長剣を持つ男が、すぐそこまで斬りかかってきた。上から振り下ろされる長剣を、大鉈で防いでから腹を蹴り飛ばす。腹を蹴られても5歩ほど下がって何とか踏みとどまった長剣の男は、若干苦しそうな表情で、今度は慎重に長剣を構えて詰め寄る。
今、ジャックの目の前には長剣持ちがいるが、視界の左からは斧を振りかぶった状態のウーゴがいた。 ウーゴもあとは斧を振り下ろすのみといったような体勢でゆっくりと距離を詰めてくる。
どうやら同時に2方向から斬りかかってくるつもりだろう。長剣を扱う男の技量は先ほど剣を合わせたときにある程度察しがついたが、ウーゴの実力が何とも言えない以上、うかつに斬り込む真似は出来なかった。
よし、と心の中で意を決したジャックは走り出し、二人の間にある井戸の粗末な木の屋根へ飛んで乗り越えた。
「なっ?!待てぇっ!」
路地へ入ったジャックに逃げられると思ったのか、ウーゴと男が怒鳴りながら駆けだしたが、長剣持ちの男が路地に体を入れた瞬間、男の体が吹き飛ばされた。長剣が音を立てて落ちる。仰向けに転がる男の喉はおびただしい出血で、何か言おうとしているようだが、ひゅーひゅーとした空気音しか聞こえない。
慌てて立ち止まったウーゴは理解する。路地に入ったのは、狭いところにおびき寄せるためだったのだ。この少年は逃げる気などさらさらなく、まんまと仲間のベスパは思い切り喉を突かれたのだ。
「お前……名前は何て言うんだ?」
ウーゴが潜むような小さな声で構えつつ言った。
「ん? すでにギルドで名乗ったはずだが。恐怖のあまり憶えが悪うなったか」
「待ってくれ詰め寄るな。たしか、ジャックだったか?」
「ああ」
「物は相談なんだが、俺を、見逃してくれないか?」
命乞いを耳にしたジャックの表情は波が引くように感情が無くなった。
この殺し合いはジャックにとって、こちらが応戦して始まったものではなく、まだ掻き消えないドルザたちへの恨みを消化するために必要なことだった。法を犯した者を誅するという意味もあるが、私怨を晴らすつもりのジャックには、もとより全員生かして帰すという選択肢は無いのだ。
「馬鹿なことを。断る」
「待て、待ってくれ!」
「待たん」
なおもすり足で近づくジャックは、大鉈を脇構えで構えている。夜間で、しかも半身体で刃を隠していることで、正確な間合いが分からないウーゴには惑いが見えた。
今だ、と一気にジャックは振りかぶって大上段から斬りおろしたが、不可解なことにウーゴの体が蛙のように跳ねた。
「なにっ」
跳ねたウーゴは高さ4メートルほど、そう、周りに立つ家々よりも高い場所まで飛んでジャックの背後に着地した。着地した瞬間、すぐさまジャックに向かって斧を振り下ろしてきた。
「うおおらっ!」
「くっ」
飛び散る金属音とかすかな火花。何とか体勢を切り替えたジャックは、大鉈。下から巻き上げるようにして大斧を受け止めた。
ウーゴの体格と筋力、そして受け止めたこの一撃の威力から察するに、もしも巻き上げたことによる勢いを利用しなかったら押し切られていた。
耳障りな金属どうしの擦過音は、ジャックの顔のすぐ前にある。ウーゴは力を緩めずにどんどんと押し込もうとするが、ジャックにとっては好機となった。
「しぃっ!」
力を抜きつつ手首を返して体を横へ入れ替える。もはや取り回しの利きづらい大鉈は投げ捨て、落ちている曲剣を拾って距離を取る。
「なるほど…な。命乞いをしたあげく奥の手を隠していたのならば、普通は逃げるのが必定じゃ。実際に逃げられる隙もあった。だが、敢えてそうしなかったのは最初からだまし討ちが目的だったと見えるな……下衆め」
「うるせえぇえ!」
なじる言葉にウーゴは完全に激昂した。
小さく飛んだかと思うと、家の壁に両足をついて、次の瞬間には、ジャックに向かって砲弾のごとく斧を突き出して飛んできた。
斧の先が胸に切迫する。速度も重みも申し分ない。
しかし曲剣の刃が斧の先端に触れると、ぐんと差し込んでくる斧の方が鋭く弾かれる。腕力ではなく、力の方向を技術で変えたのだ。
派手な音が貧民街に響き渡った。一瞬で弾き飛ばされたウーゴは、ジャックの斜め後ろの壁に頭から激突した。ウーゴは気絶しかけたが、なんとか意識は飛ばずに済んだ。うめき声を上げながら頭を振って目を開けると、その場から一歩も動いていないジャックがいた。
振り返ったジャックは、ゆっくりと歩いて近づき、立ち上がれないウーゴを見下ろす。
「残念な男じゃ。まあ生かしておいてやる。裁きは俺でなく法に行わせてやる。が、仕上げが残っている」
酷薄な笑みを浮かべたジャックは目が据わっていた。強く両目玉を突き刺して視力を奪い、力任せに引っ張り上げてうつぶせに転がしてから、じたばたする両足の腱を切る。さらには手の甲を踏んで逃れないよう固定させて、聞き手の五本指を切り落とした。
「あがぁあぁあああ!」
「マーシュ殿とクレア殿に感謝せい。これはお二人に迷惑をかけすぎないための命拾いだ。そうでなかったらとっくに首と胴が泣き別れだったぞ」
冷えた双眸でもがくウーゴを見下ろし、履いている靴を奪った。
「奇妙な紋様細工だ。これがあの大跳躍の秘密か。ふむ、いただいていくぞ」
あたりを確認すると、人の気配はするがこちらに来る様子ではない。貧民街ということで一応、予期せぬ乱入というのも可能性としてあったが、最後まで大きな計算狂いもなく残党を狩ることが出来てホッとしていた。まだ夜は深く長そうだ。
「適当な人に教えればよかろう。警備の者に知らせてくれれば身柄と死体は確保してくれるじゃろう」
最後に仕上げとしてウーゴが逃げないように適当な紐で井戸の柱にくくりつけ、ジャックは暗闇の貧民街を後にした。




