冒険者ギルドへ
『蒼き駿馬亭』を出たマーシュ、クレアそしてジャックの3人は市場の通りを曲がってさらに大きな通りに出た。
天幕を張っている店が連なる先ほどの通りとは違った。3人が歩くのは背の高い建物が多く、どれも看板を設けてたたずむ大通りで、飲食店からは食欲をそそる匂いがする。また値の張りそうな装飾品店の中では、恰幅の良い紳士がといったように、様々な人々が往来を歩いては出入りを繰り返す。
「どうだジャック、すごいもんだろ。お前がどんな労働生活を送ってきたかはあんまり聞かないが、これからは目一杯色んな店で楽しむのもアリだからな。危険な仕事やるならその分、プライベートは存分に楽しめないとよ」
「こら、変なこと吹き込まないでよ。あんたの私生活なんかをジャック君に真似されたらたまったもんじゃないわ。ジャック君、マーシュみたいなだらしのない男になっちゃだめよ。パートナーを組んでる私が言うから間違いないわ」
ジャックが何か言う前に、二人はまたもや言い合いを始めてしまい、ジャックはほとほとこの二人の仲の良さに呆れそうになった。
さすがに、往来で言い合っている二人の人間の間を歩くのは恥ずかしくなってきたので、ジャックは「あの」と言って二人の口論を切らせる。
「お二人はなかなか睦まじゅうござりますな」
笑ってそう言ったジャックの後頭部に、マーシュとクレアの平手が振り下ろされた。
大通りを10分ほど進むと左手に見えたのは、一際規模の大きい二階建ての建物で、木造ではあるものの頑丈な作りをしているのがわかる。さらに隣接している建物はさら大きく、石造りのそれは無骨だがとても強固で異様な威圧感を与えるものだった。
「ここがこの都市ロメオの冒険者ギルドだ。右にくっついてるのが訓練場で、ちょっとやそっとの事じゃヒビも入らない作りだ。ああそれと、一階が受付と飲み屋も兼ねてるから仕事で疲れたときにゃもってこいだ」
「最後のは余計じゃない?マーシュ」
クレアの言葉を流してマーシュはジャックの手を引いてギルドの入り口の扉を開けた。
冒険者ギルドに入ると、左からはそれなりの喧噪が聞こえて、そちらを見ると左手前から奥まで食事処となっていて、20人以上はいる。それぞれ大いに笑い、話し、酒を飲み、料理にかぶりついていた。左最奥には厨房がかいま見え、料理人はせわしなく動き回っている。
入ってきた3人に気づいて、というより見慣れない黒髪の少年ジャックに対して数人がこちらを見た。だが大して興味もなかったようで、すぐにまた自分たちの飲む席の話し合いを続けていた。
食事処とは逆、右側には二階へ続く階段と訓練場への扉そして受付カウンターがある。長い受付カウンターに座っているのは男二人に女一人なのだが、マーシュは迷わず向かったのは女性の受付だった。
「やっぱりね」
ため息をついてクレアはそう漏らすが、マーシュは悠々とした足取りでポニーテールの可愛らしい受付嬢に話しかけた。
「やあ、アマンダ。今日も元気かい」
「こんにちは、マーシュさん。今日のご用件は」
「実は今度いいお店を見つけてさ」
「そうですか、お一人でどうぞ」
受付嬢アマンダの言葉で会話は終わり、マーシュは少し気落ちした様子ですごすごと退がった。
このやりとりと知的そうなアマンダの顔を見てジャックは、さすがに冒険者と応対するだけあって肝が据わっていると思っていた。
「まったく……ごめんね、アマンダ。今日はこの間受注した依頼の達成報告よ」
「はい、少々お待ちを。……マーシュさんとクレアさんはグレーボール山に出没していた山賊団の討伐依頼を受けていたという事でよろしいでしょうか」
「ええ、そしてこれが頭目の首よ」
そう言ってクレアは大きな袋に入った首をカウンターに置いた。
実のところ山賊の頭目ドルザを討ち取ったのはほかでもないジャックなのだが、クレアはついさっきジャックの了承も得てマーシュとクレアが頭目を討ち取ったということにした。これはギルドに所属していない子どもが山賊の首を持ってきても、軽くあしらわれて終わりになるといった理由からの判断だった。
袋をカウンターの奥におろすと、すぐに黒い服を着た男が二人現れて中身を検分して液体を振りかけた。
ジャックが液体についてマーシュに説明を求める。マーシュが言うには死体にも残っている魔力の質をさらけ出す重要なマジックアイテムだという。魔力、マジックアイテムといった単語に首をかしげていたが、そんなジャックにマーシュは「後で詳しく教えとくよ」と答えた。
それからアマンダは書類を男二人に見せて渡す。そして男達が頭目ドルザの首をもって奥に引っ込むと、アマンダはこちらに向き直った。
「確認がとれました。渡された首は山賊団の頭目ドルザに間違いありません」
「良かったわ。それと、これが今回の副次的なモンスターなんだけど」
さらにクレアが袋をカウンターに置く。今度は水筒を入れるくらいの小さな袋で、ひもをほどいて中身を見たアマンダは、一気に冷静なその顔を凍りつかせた。
アマンダは少し震えた手で、中身を鉄の受け皿に落とした。べちゃりと乗ったのは真っ二つにされた第三の眼球と赤く巨大なオーガの耳だった。
時間をかけてじっくりと確認していたアマンダだがそれでも信じられないような表情をして、マーシュとクレアの顔を交互に見てきた。
「あ、あのこれは……もしかして」
「そうだよアマンダ。俺らは山賊の頭目どころかオーガに寄生していた『第三の眼球』も討伐したんだぜ!」
「もちろん、第三の眼球とオーガを倒したのは、依頼の本筋ではないけどね。でも聞いて欲しいのは、山賊たちが隠れ家でそれを捕まえていたことなの。情報にはなかった危険なモンスターを山賊は飼っていて、しかもそのモンスターごと討伐したのは、追加報酬にはならないかしら」
クレアが受付嬢のアマンダに対して持ちかけた交渉は、アマンダが「すいません、少々お待ちを」といって中断した。
ちなみにオーガはランクCモンスターで第三の眼球も同じくCランクと位置づけられてはいるが、『第三の眼球』はひと味違う。
まず見つける難易度と『第三の眼球』自体のすばしっこさ、周囲のモンスターや人間に寄生するしぶとさから、冒険者の間では準Bランクとも噂されるくせ者のレアモンスターだった。
マーシュの声が聞こえたことにより、向こうの食事スペースの所からざわざわとした人々の話し声が立ち始めた。それもそのはずで、どちらもクラスDの冒険者であるマーシュとクレアのコンビが、段違いの 高ランクモンスターを討伐したと聞けば…さらに『第三の眼球』を討伐したとなれば、瞬く間に情報が伝わるのは当然だった。
ジャックの耳も食事スペースにいる冒険者たちの会話を聴いていた。
『………』
「あいつらマジでオーガと第三の眼球を倒したのか?」
「冗談よせよ!あいつら二人はクラスDの奴等だろうが。あの黒髪のガキは初めて見たが」
「くっついてる子どもは置いとくとして、マーシュとクレアだったか? 最近商隊を狙う山賊団の討伐依頼を受けたとは聞いていたが、あんな高ランクモンスター二体を倒すのは不可能だと思う」
「……もしかして精巧な偽物の首を造ったとかじゃねえだろうな」
「まさか!そんな真似して無事で済むわけないだろ。ギルド長の炎魔法で吹きとばされるのがオチだぜ」
『はぁ……あまり信じてはいないらしいな。まあオーガが死んだのは、手首を俺に斬られ、山賊共の矢で死にかけた状態のままブルーノに乗り換えたからじゃろうし、第三の眼球も俺が斬ったのじゃあ仕様がない。
あやつらの言う『クラス』…マーシュ殿とクレア殿の冒険者としての『段』に対して、オーガと第三の眼球が釣り合わんのなら、納得せず騒ぎ出すのも当たり前だろうな。騒ぎが広がるのは明らかだ』
会話の内容を聴いて思考していたジャックだったが、唐突に、チクリとした視線を冒険者らのざわめきの中から感じた。
慌てずほんの少し振り向いて、一瞬だけそちらの方を見る。
食事スペースの所にいる集団の奥に、男が居た。
ぼさぼさとした口ひげとあごひげを生やした筋肉質な男で、腕を組んで座っている。傍らには斧が立て掛けてあり、3人の男と同席している。
見過ぎてはいけないと感じて、ジャックは見るのをやめた。
それでも視線はジャックに刺さる。やはり視線はあの男のもので、ジャックはどう考えてもあの男は自分に負の感情を向けていると確信した。
さらにどこかで会ったような、初対面ではないような男だと感じた。
そうこうしている内に、階段から下りてきたのはアマンダと背の高い壮年の男だった。
壮年の男は白い長髪を後ろへ流し、紫色のローブを羽織っていて柔和な顔立ちをしているが、隣にいるマーシュはいつのまにか唾を飲んで直立していた。
クレアも緊張した様子で、小声で「このギルドの長『ソル・グレンジャー』さんよ」とジャックに教えてくれた。
「君たちが山賊の頭目とオーガ、あと第三の眼球を討伐したと報告したのかね?」
マーシュに質問したギルド長は穏やかだが、よく響く低い声の持ち主で、初対面のジャックもただ者ではないと肌で感じていた。
「は、はいそうですギルド長。俺たちが仕留めて持ち帰ったものです」
「そうかい。その子は?」
ギルド長のグレンジャーはジャックを見てそう言った。
「えっと、山賊に雑用としてこき使われていた少年で、私たちが保護しました」
今度はクレアがうまく言いつくろって答えたが、グレンジャーはジャックとクレアを一瞥してから「ふうん」と言ってカウンターに置いてある眼球を手でつまんだ。それから、オーガの耳を手に持って握ったり指でひっかいたりしていた。
「うん、造られたりしたものではないね。アマンダこれは間違いないよ」
グレンジャーがそう言うと、アマンダはペコリと頭を下げて眼球と耳を袋に詰めた。アマンダが奥に持っていってから少し経つと、彼女は銀貨と銅貨が詰め込まれた袋を持ってきた。
「山賊団の依頼は頭目を倒したことで銀貨二枚と銅貨十二枚。後で隠れ家の場所を教えてくれ。ギルドの職員を派遣して、山賊の死体の数だけさらに報酬を増やしておくよ。あと、オーガを倒したことで銀貨七枚、第三の眼球を倒したことで銀貨十枚、合計で銀貨二十九枚と銅貨十二枚だ。確認しておいてくれ……ああ、それとこれは確認だが」
信じられない金額の報酬が入った袋を渡されて、驚きを隠せないマーシュとクレアにギルド長グレンジャーは尋ねた。
「オーガの血液の色はどうだったかね?」
この言葉に場の空気は静まった。冒険者たちも一部の者を覗いて大体が手と話しを止めてこちらを見ていた。
マーシュとクレアが理解できない顔をしてから、訊かれている意味が分かってだんだん顔が青ざめていく。
オーガの血液が褐色なのはジャックだけが知っていて、実際にオーガを倒したところを見ていないマーシュとクレアは答えられるはずもない。
昨晩のジャックの返り血を見たとしても山賊たちの血液も大量にかぶっていたことからまず分からなかったのだ。
『ギルドの長ともなれば実力が見合っていないことにカマをかけるか』
ジャックは心中で舌打った。
ギルド長ソル・グレンジャーは第三の眼球の死骸とオーガの耳を、「つくりものではない」とは言ったが「本物だ」とも言っていない。
オーガの耳がもしも万が一、どこかで拾ったものか魔導具屋で買った物を報酬として持ってきたのなら、つまりオーガを倒したことが虚偽だったのならば、オーガの血液の色など知るよしもない。
ギルド長としてこの都市の冒険者一通りの名前とクラスは把握しているため、Dクラスの冒険者二人がオーガと第三の眼球を倒したことを、すんなりと信じるわけにはいかなかった。
グレンジャーは冒険者が共通して最も油断する、報酬を受け取るときに突っ込んだ質問を投げかけたのだが、
「茶色の血液で間違いありません」
すかさず答えたジャックにギルド長が怪訝な顔をこちらに向ける。
「俺がオーガに食われそうになった時に駆けつけて、マーシュ殿がオーガの背に矢を大量に射てくれたので」
「何故君がそれを答える?」
「ギルド長、おそらくお二人はオーガの血なんぞよく見ていませぬ」
「それはまたどうしてだ?」
「その時点でまだ山賊は健在で、さらには第三の眼球も現れました。お二人がそれらと必死に戦っている間は、俺は隅っこで隠れてやり過ごした次第です。倒れているオーガの背から、褐色の血が流れていたのをこの目でしかと目にしました」
「へえ、じゃあまだ訊きたいことがあるけど、君はどうしてオーガに食われそうになった?」
「山賊の人らには雑用として扱われていたのは、先ほどマーシュ殿が述べた通りで…あの時はオーガの周りの牢や部屋を掃除していましたが、酔っていた山賊の一人が面白半分に俺をオーガの入っている牢に放り込みました。眠っていたオーガが起きて俺が捕まり…」
「そこで間一髪マーシュとクレアが助けに来たと」
「恐ろしい体験でした。が、記憶違いはあらんかと」
ここでグレンジャーが何も言わなくなって、自らの髪をいじりながらジャックの目をじいっと覗いていた。
ギルド長グレンジャーのマーシュとクレアに抱いた疑念はとうに消えて、今はこの黒髪黒目の得たいの知れない少年に疑念、そして一言では説明できない興味を持っている。ジャックの瞳は吸い込むような黒さだが、芯を持った静かな光がある。
今のジャックの説明は理にかなっていて、普通ならば疑いようはないのだが、不気味なほど自然に発せられる、聞き慣れない古風な口調と物怖じしない態度は、グレンジャーのみならずその場に居た者たちを剣呑とさせた。助け船を出されたマーシュとクレアも固唾を飲んでグレンジャーとジャックを見ていた。
「君の名前は?」
「ジャックと申します」
「君は今日ここに来たのはどうしてだ? そこの二人にくっついてきただけか? それとも山賊と戦ったときの状況説明を、今みたいにつらつらと代弁するためかい?」
「いいえ」
いつの間にか自分に対して語気を鋭くさせて詰問するギルド長グレンジャーに向けて、ジャックは薄らな笑みを浮かべた。至って寂 主水は、ジャックは冷静に答える。
「冒険者の登録を済ませるために参った由にて」
この言葉にマーシュとクレア以外の人間が目を剥き、ざわめきの波紋をどんどん広げていく。酒場の女将の食器を洗う手は止まり、ある冒険者がくわえていた煙草は灰もろとも落ち、あくびをしていた者も途中でそれをかみ殺した。
「マーシュ殿」
「お、おう何だ?」
「早々に冒険者の登録を済ませたいが、良いですか」
もうそちらの用は済んだだろう。
ジャックのこの態度は、誰から見ても強大な権限と実力を持っているギルド長に対して無礼なものだったが、もしもグレンジャーがそのことに怒ってこのギルドからジャックらをギルドから叩き出せば、ジャックの無礼を差し引いても、グレンジャーの大人げなさが目立つのは明らかだった。
しんとした中で、受付嬢のアマンダが登録手続きに応じるべきかどうかうろたえた表情だったが、グレンジャーが小さく頷くのを確認してカウンターに戻った。
「で、ではこちらの紙に名前と年齢、得意な分野とお住まいもしくは泊まっている宿を記入して下さい」
ジャック、15歳、剣術、『蒼き駿馬亭』
「はい、ギルド登録証をどうぞ」
渡されたのは何かの金属で作られた薄い板で、ジャックの名前と年齢、そして大きく『クラスE冒険者』と刻まれている。
そもそも奴隷出身のジャックには学もなくしかも自分の前世は日本語しか知らなかったはずだ。だが自然と読み書きが出来るのはひとまずは幸運だと自分で納得しておいた。
「ギルド、冒険者について簡単な説明させていただきますが……詳しい決まりは書類を渡しますのでよろしいでしょうか」
「お願いします」
「わかりました。まずは冒険者のクラス制についてです。
冒険者ギルドに登録した冒険者は他国でも原則共通で登録証に現在刻まれているクラスが今のジャックさんのクラスです。クラスの数も国際共通で、E,D,C,B,A,Sの順で位階が上がります。
依頼についてです。依頼はそちらの依頼掲示板に張られた依頼書をこのカウンターに提出してください。依頼を成功した際の報酬金はすでに都市への税金やギルドの手数料などは引いておりますのでご安心を。
登録冒険者の主な利点です。一つ目はモンスターの素材などをこの施設内で売り買いすることが可能であり、さらに適正な査定鑑定のもとで決められた価格となっています。
最後になりますが諸注意です。ギルド登録証の紛失などでの再発行には銀貨十枚を払ってください。他の店への素材売り買いでのトラブル、冒険者同士での報酬の分け前などの揉め事……これらにギルドは原則関与いたしません」
簡単な説明は以上です、と切ったアマンダは数枚の書類をジャックに渡す。
事細かに書かれた書類を少し読んでみて、確かに簡単な説明で終わらせてもらってよかったとジャックは思った。
グレンジャーは冒険者登録が終わったジャックをじっと眺めていて、ジャックもそれに気づいて目が合った。少年が体を向き直らせて真正面に向かい合うと、グレンジャーは笑みを浮かべてこう言った。
「これからよろしく、ジャック君」
「以後お見知りおきを」
どちらからといわず両者は握手を交わす。ジャックは日本生まれのせいで慣れない気分を味わったが、それからすぐに自分の握られている右手が、急激に熱されているのを感じた。
離そうともしたが、手はおろか肩の自由が利かず、目の前のグレンジャーの顔を見ると、挑発的な笑みを浮かべていた。
ジャックはこれがグレンジャーなりの挑発と無礼への、意趣返しだと察し、逆に握る力を限界まで強めて笑みをはりつけた。それから6秒ほどしてグレンジャーの手がゆっくりと緩んで離れて握手が終わった。
グレンジャーはジャックに背中を見せると階段を上がっていってその場から去った。
「ど、どうかしたの?ジャック」
握手をしてからもずっと、去りゆくグレンジャーの背に目を向けて、おかしな苦笑いをしているジャックにクレアが尋ねた。
「いえ、何でもありませぬ」
「そうか。……ようし! 今日はジャックの登録祝いということでどっかに繰り出すか!」
「ちょっと! そんなのあんたが遊んで騒ぎたいだけでしょ?ジャックも色々あって疲れたろうから宿に帰るよ」
「おいおい、相変わらずノリが悪いったらないな。そんなんじゃいい男見つかんねえぞ?」
「へえ~マーシュはどうやら吊るし上げられたいらしいね……」
またもや始まった恒例の掛け合いから離れて、入り口の方を歩いていくジャックは「少しお二人は先に帰っていてくだされ。用が出来申した」と告げて、去り際にこちらをずっと見ていた髭の男に笑顔を見せた。
マーシュとクレアはケンカを止めてジャックを慌てて追いかけて行った。
冒険者ギルド二階、『執務室』
この部屋は都市ロメオ付ギルド長グレンジャーの執務室で、彼は一人デスクに座って書物を広げていた。書物には高度な知識を持つ者でないと解読出来ない術式が記され、かれは先ほどからそれをペンで紙に書いていた。書き終わると自分の血を一滴垂らして文言を唱える。
『清らかなる調べに基づく法印よ、契約と媒介にて欠損を霧散させよ……』
彼のひどく腫れ上がった右手が徐々に暖かくなり、血色が良くなって腫れが引いていく。
魔法の効果が切れるとペンで書かれた術式がにじんでいった。
「……ふう、まさか握力だけで私の右手を潰すとはな。骨折なんて何年か……ますます興味がわいてきたよジャック君」
執務室の窓から往来を歩いていくジャックの背に向けて呟いた。




