第五章 生贄
権藤が選んだのは、宮下だった。
医局会議の翌々日、宮下は院長室に呼び出された。三十分後、青白い顔で出てきた彼を、成瀬は廊下で見かけた。
「懲戒委員会にかけられることになりました」宮下の声は震えていた。
「桐生薬品の件、全部……私一人の独断だったと」
「宮下さん、記録は残していますか」
「……残しています。院長とのメールのやり取りも、いくつか」
「それを、然るべきところに。院内で処理される限り、あなたは負けます」
宮下は深く頭を下げた。
「先生が、なぜこんなに親身になってくださるのか、正直わかりません。ですが……ありがとうございます」
成瀬は何も答えなかった。
親身になっているわけではない。
宮下を、権藤に致命傷を負わせるための刃として研いでいるだけだ。
その夜、美咲の声が問いかけた。
「先生、宮下さんを利用したね」
「利用した」成瀬は否定しなかった。
「彼もまた、駒だ。俺と同じように」
「先生は、院長と同じことをしてる。人を駒として使うこと」
その言葉は、刃のように成瀬の胸を刺した。成瀬は答えられなかった。
一週間後、宮下が集めた記録は、外部の監査法人経由で表沙汰になり始めた。
地方紙の記者が、大学病院と製薬会社の癒着疑惑として嗅ぎつけたのだ。
「成瀬先生」廊下ですれ違う際、権藤が呼び止めた。「医局にはね、触れてはいけない過去というものがあるんだ」
その一言に、成瀬の心臓が一瞬、跳ねた。
「肝に銘じます」
成瀬は静かに一礼し、その場を去った。
だが背中に、権藤の視線がいつまでも張り付いているのを感じていた。
もう、時間の問題だ。
ポケットの中には、八年前の「評価不正」の再調査を求める、正式な申立書があった。




