第四章 配線図
人間には、四つの型がある――かつて成瀬が組織開発の研修で学んだDiSC理論だ。
主導型
感化型
安定型
慎重型。
それぞれが恐れるものは違う。
宮下は典型的な慎重型だった。
規則を守ることに執着し、責任の所在が曖昧になることを何より嫌う。
だからこそ、彼に必要なのは「あなたは正しいことをしている」という確認ではなく、「間違いを犯すかもしれない」という恐怖だった。
事務長の田中は主導型だ。
権藤の懐刀として振る舞ってきたが、その実態は、権藤に認められることでしか自分の価値を確認できない男だった。
彼が最も恐れるのは、権藤から見放されること
――つまり、無力な存在に成り下がることだ。
そして経理課の若手、木村は感化型。
周囲との関係性の中でしか自分の居場所を確認できないタイプで、孤立させれば脆く崩れる。
成瀬は、それぞれに違う「毒」を用意した。
木村には、匿名の内部通報という体で囁いた。
「経理課の中で、あなただけが情報を知らされていない。宮下さんと田中さんは、すでに話をつけているらしい」
田中には、世間話のふりをして伝えた。
「最近、院長が新しい信頼できる人材を探しているという噂を聞きました。時代の流れというのは、恐ろしいものですね」
宮下には、もう一押しだけで十分だった。
「経理の動きが少し妙です。もし何か記録を残しておくなら、今のうちかもしれません」
宮下は、自己防衛のために、権藤とのやり取りの記録を密かに残し始めた。
それこそが、成瀬が最初から欲しかったものだった。
二週間後、医局は静かな疑心暗鬼の沼と化していた。誰もが誰かを疑い、誰もが自分を守るための保険を用意し始めた。
権藤だけが、まだこの地殻変動の震源が自分の足元にあることに気づいていなかった。
ある夜、当直室で美咲の声がいつもより静かに聞こえた。
「先生、これは、あの人たちを傷つけてる。院長だけじゃなくて」
「わかっている」
「それでもやるの?」
「ああ」成瀬は紙を見つめたまま答えた。「これは復讐だ。正義の顔をした復讐だ。だが、それでもやめるつもりはない」
翌週、権藤はついに異変に気づいた。医局会議で、彼は珍しく声を荒げた。
「一体、誰が情報を漏らしている! このままでは監査が入る前に、こちらから膿を出さなければならない」
彼の視線が、宮下、田中、木村の順に流れていく。誰か一人を切り捨てる準備を、この男はもう始めている。
成瀬は末席で、静かにその光景を見つめていた。




