第4話 ノックスの十戒とぺんちゃんの閃き
「……で、俺としては三崎の汚名をなんとか返上させたいわけ」
語り終えた水沢は、大きく背伸びをした。
「三崎くんから頼まれているわけじゃないんでしょ?」
「まあな、あいつは自分から俺にそんなことは頼まない」
「じゃあなんで水沢は汚名返上させたいぺん?」
「お? 呼び捨てか?」
「ぺんちゃんが敬語を使うの歩鳥ちゃんだけだぺん」
「下っ端のくせに生意気だぽこ」
カウンターに座るぽこちゃんとぺんちゃんを抱きしめて観音寺は微笑んだ。
「じゃあぺんちゃん、困った水沢だけど、力を貸してあげようか」
「やるぺん」
ぺんちゃんは「むふぅ」と胸を張った。
「ぺんちゃん頑張るぽこ!」
ぽこちゃんはぺんちゃんの肩あたりを叩いて励ました。
「まずは要点整理かなあ」
「女の人が元カレに付き纏われて困っているぺん」
「だけど、その元カレ、三崎くんは彼女が目撃したときにはまだ水沢と大学にいた」
「でもそのあと、女の人に会いに行ってるぺん」
「少し時系列が分かりにくいなあ、まとめてみるね」
観音寺は近くにあったメモ帳とボールペンで、水沢の話を時系列でまとめた。
――十六時頃、水沢が大学のゼミ室に到着
――十六時十分から十九時五十分、水沢と三崎は論文作業、時々三崎のスマホに連絡あり
――二十時頃、大西のスマホに三崎からの電話とメッセージ。窓の外で“三崎らしき人影”を目撃
――二十時十分、水沢と三崎が電車で大学を離れる、直前に三崎がスマホで電話、メッセージを入力
――二十一時頃、大西の部屋を三崎が訪れる
「こんな感じかしら。合ってる? 水沢」
書き終えた観音寺はボールペンをカウンターに置いてメモ帳を水沢へ向けた。
水沢はメモ帳を覗き込み、時系列を指でなぞる。
「ばっちし、合ってる合ってる」
「なるほどね」
腕組みをした観音寺は続けた。
「これじゃあ、物理的に三崎くんが二十時頃に大西さんの部屋の外にいることは無理ね」
「大学前の駅から乗り換えの駅にはどれくらい時間がかかるぺん?」
観音寺はぺんちゃんを水沢に向けて、首を傾げるようにした。
「乗ってる時間は十分かからないな、六、七分ってところじゃないかな」
「乗り換えてる駅から大西さんの部屋にはどれくらいで行けるぽこ?」
ぺんちゃんのとなりにぽこちゃんを置いた観音寺は、
「確か、三崎くんは駅ではいつもと違う方面の電車に乗ったのよね?」
と水沢に確認をする。
「後から聞いた話だけどな、十分で最寄り駅に到着して大西の部屋まで徒歩で十分くらいだってよ」
「あの駅のその時間帯なら、そんな待たずに電車もくるかしらね……どうしたの? ぺんちゃん」
「ぺんちゃん分かったぺん!」
ぺんちゃんが背伸びをして右手を上げた。
「凄ーい、ぺんちゃん分かったの?」
「もちろんだぺん! 三崎くんには……双子がいたぺん!」
「双子ぉ!? 聞いたことねえぞ、そんな話。てか、いたら俺が真っ先に知ってるだろ!」
「実は双子だったぺん! 二十時ごろに部屋を見張ってたのは、その双子だぺん!」
観音寺は優しくぺんちゃんの頭を撫でる。
「ぺんちゃん、それは駄目だよー」
「何でだぺん」
「ノックスの十戒があるでしょう?」
「知らないぺん」
「俺も知らない」
ぺんちゃんと真似をしたのか、水沢は右手を半分あげた。
「ノックスの十戒はね、ミステリを書くときのやっちゃいけない反則行為を、昔のノックスさんがまとめたルールよ」
「……小説だろ?」
「文句あるなら止めるけど?」
水沢は観音寺からの冷ややかな視線にサッと両手を上げ、分かりやすいお手上げのポーズを取った。
「素直でよろしい。双子設定の後だしはね、ミステリーでは反則なの。何でもできちゃうから」
「水沢の話では双子らしいことは言ってなかったぺん」
「だとしたら、双子設定は一旦置いておきましょう。それとも水沢は三崎くんに双子がいるかどうか聞いてみる?」
観音寺は右手で電話をかけるポーズをとった。
「いや、やめとく。もしいたら今までに話を聞いていたはずだからな。他の家族の話は散々聞かされてるのに、双子の話だけしないなんてことはないだろう?」
「そうよね……都合良く双子でした、なんて話じゃないだろうし……」
観音寺はしばらく沈黙した。
メモ帳に書き連ねた時系列を、ボールペンの先でコツコツと叩く。
そして水沢の顔を見て、またメモ帳へ視線を戻す。
(三崎くんが二十時頃、大西さんの部屋の外にいることは、絶対に無理……)
(なのに、三崎くんはかけられた疑いを、頑なに晴らそうともしない……)
まとめた時系列と“三人”の行動が、観音寺の中で一本の線としてつながり始めた。
もし、水沢が語った成り行きの中で、その時間に「別の場所」にいてもおかしくない人物がいたとすれば――。
水沢とメモ帳を三度目に見比べたとき、観音寺の表情がふっと変わった。
小さく息を吸い、パチン、と綺麗な音を立てて指が鳴る。
「水沢に確認だぺん」
観音寺の動きに合わせて、ぺんちゃんが水沢に問いかける。
「ゼミ室に入るときにすれ違った女の人の髪型は、三崎くんと同じくらいの長さだったぺん?」
「あ? なんだいきなり。まあ、同じくらいかっつうと……確かに同じくらいだったかな」
「じゃあ次の質問だぺん。三崎くんは華奢で、遠目なら女の子と言われても分からないくらいだぺん?」
「ああ、後ろ姿だけなら女子と間違えられることは、まあ、あるかもな」
「三崎くんは華奢で、後ろ姿だけなら女子に見える。そして水沢がゼミ室前ですれ違った女性も、三崎くんと同じで髪が肩にかかるくらいの長さだった、つまり――」
ぺんちゃんはくるっと観音寺に向き直った。
「そういうことだぺん」
「みたいだね、ぺんちゃん」
「おいおい、置いてくなって。俺だけ分かってないのキツいんだけど」
観音寺は水沢に悪戯っぽく目配せをした後、人差し指を顎に当てて思案のポーズをとった。
「でも、まだ分からないなあ、彼女のことは三崎くんに直接確認すべきかしら……」
「彼女って、大西のこと言ってる?」
観音寺は人差し指をチッチッと左右に振って否定する。
「水沢がゼミ室前ですれ違った女性のこと――どうして彼女は泣いていたんだろうね。そして三崎くんは、どうして自分の評判を落としてまで、彼女を庇ってるんだろう」




