第4話 喫茶店「男子女子」の推理会議
「……というわけなんですよ。はあ……」
金曜日の放課後から現在に至るまでの顛末を夕凪は話し終えた。
喉が渇いたので少しだけ残っていたコーヒーで潤す。
「というわけなんだって……ぽこちゃん。どう思う?」
観音寺がぽこちゃんに問いかける。
「イケメンが話に出てこないぽこ。つまらないぽこ」
「小生意気ですね!」
夕凪がぽこちゃんの頭を叩こうとしたが、観音寺がそっと動かして回避した。
「ぽこちゃんはお姫さまなんだから、叩いたりしたら駄目だよ」
「そうだぽこ。無礼だぽこ」
「……そういうキャラ設定なんですね。で、お姫さま的にはわたしの話、どうでした?」
「話が長いぽこ」
「叩いていいですか!」
観音寺が夕凪の攻撃からぽこちゃんを庇う。
「とりあえず、その密室っていうのがキーになるのかな」
「密室ってなんだぽこ?」
ぽこちゃんは首を傾げる。
「そっか、ぽこちゃんは知らないよねえ。密室っていうのはね……」
観音寺がぽこちゃんの頭を優しく撫でている。
「ミステリでの密室といえば“出入り口や窓が完全に閉ざされて、人が外部から自由に出入りできない状態にある部屋”ですよね」
夕凪は観音寺の言葉を引き継いでぽこちゃんに教えてあげる。
「そうね、他には雪山の山荘で周囲に足跡がないような、“周囲の環境とか人々の心理、目撃状況で作られる密室”も美味しいなあ」
「密室という思い込みからくるみたいな“認識の密室”も好きです」
「言ってることがチンプンカンプンだぽこ」
「あら、ごめんごめん。少しまとめてみようね。ちょっと待ってて」
観音寺はメモ帳とボールペンで、夕凪の話から密室を成立させる要素を書き起こした。
――美術室の出入り口は一つ。
――出入り口は金曜日の十九時過ぎに施錠
――準備室も施錠
――美術室の窓も内側から施錠
――鍵は美術部の部長が持って帰った
――美術部の部長は土曜日と日曜日に旅行で遠方にいた
――月曜日の七時半ごろに開錠
「つまり金曜日の十九時過ぎから月曜日の七時半ごろまで誰も美術室に入ることはできなかった」
「なのに、わたしの絵がなくなっていた」
「……んだって、ぽこちゃん。わかった?」
「犯人わかったぽこ。余裕だぽこ」
「すごいねーぽこちゃん。誰が犯人なの?」
観音寺がぽこちゃんを優しく揺さぶる。
「もう一つ鍵を持ってる人が犯人だぽこ」
「合鍵とか?」
「そうだぽこ」
「合鍵はないんですよねえ。マスターキーが職員室にあるけど教頭先生の許可がないと使えないんです」
「じゃあマスターキーを使った人が犯人だぽこ」
「っていう可能性もあるかな、って思って美術部の顧問に聞いたんだけど、使われた履歴はなかったんです」
ぽこちゃんはバンザイの格好をした。
「じゃあ分からないぽこー」
「諦めるの早っ」
夕凪がぽこちゃんが上げた手を摘まんで揺らす。
「となると、物理的なトリックを使って出入りしたとかかな。窓のクレセント錠を通気口から通した糸で引っ掛けて開けるとか」
「さすがにトリックの跡までは調べてないですけど、可能性としてはありえますよね」
「他にはそうねえ、実は犯人は夕凪ちゃんが気付いてないだけで金曜日から月曜日までずっと美術室の中にいたとか」
「怖いぽこ」
「隠れる場所はないと思うんですよねえ……天井裏とかにいたらミステリじゃなくてホラーですけど」
「怖いからやめるぽこ」
「可能性としては幾つでも考えられるけど、一つだけどうしても解らないことがあるよね、ぽこちゃん」
観音寺はぽこちゃんの向きをそっと夕凪の方へ変えた。
「夕凪ちゃんの絵が盗まれる理由が説明できないぽこ」
「……それなんですよ、先輩にも同じこと言われました」
夕凪は項垂れた。
確かにどれほど密室が構成されていようとも、そこから苦労して絵を盗んだところで何になるというのだろう。
自分の絵に盗まれる価値がないことなど、夕凪自身が一番良く分かっていた。
「先輩はどういう人だぽこ」
「神明さんは一学年上の先輩で、わたしが初心者だった頃から優しく教えてくれた人なんです」
「尊敬してるんだね」
「わたしが美術部を続けられているのも、まるっと先輩のおかげなんです。尊敬どころか大尊敬です」
「そっかあ……」
夕凪の「大尊敬」という言葉。そして、金曜日の夜に先輩が急に自分の絵を持ち帰ったこと、月曜の朝の不自然な表情、震える手。
いくつもの場面が、観音寺の頭の中で一つの形を成していく。
(……なるほど。そういうこと、だったのかな)
観音寺の瞳に、おそらくは哀しみなのであろう淡い光が差した。
静けさが三十秒ほど続いたあと、ぽこちゃんは観音寺に声をかける。
「その先輩からも話を聞くぽこ」
「わたしもそう思う。夕凪ちゃん、その先輩をここに呼べる? コーヒーは奢るから」
正直に言えば、絵の盗難を有耶無耶にされかけたわだかまりが残っているので、夕凪としてはあまり気が進まなかった。
ただ、神明の話を糸口にして何か解決をするなら……観音寺がつくったそう期待させるだけの流れにのってみよう、とも夕凪は思う。
席を立った夕凪は、スマートフォンで神明へ電話をかける。
恐らくつながったのだろう、二言三言会話をしてから、夕凪は席に戻ってきた。
「部活を中抜けして、十五分くらいで来てくれるそうです」
「ごめんね、無理言って」
「わたしの証言より、先輩の話のほうが信憑性ありますからねー、大丈夫です」
夕凪と観音寺、そしてぽこちゃんは絵の盗難に触れることのない話題で時を過ごした。夕凪が何度も壁の時計へ視線を向けるのを、観音寺は何も言わず静かに見守っている。
ほぼ正確に十五分後、カラン、と入口の鈴が鳴り、神明が店内へ入ってきた。
時間に正確、というよりも正しくないことを許せない性格なのかな、と観音寺は察する。
「部活動中に呼び立ててごめんなさい、観音寺といいます。ここで店長をしてるの」
「……夕凪から何度かお話は……美術部の部長で神明です」
店内に入ってきた神明を見て夕凪は驚いた。神明は、夕凪が一度も目にしたことのない不安げな表情をしている。
“この二人はいったい何を話していたのか。どこまで知っているのか。”
不安と警戒が、神明の全身からにじみ出ていた。
観音寺は神明から視線を逸らさずにいる。
少しの間をおいて、ぽこちゃんを胸に抱えた観音寺は表情から力を抜いた。そして視線は逸らさないままで神明へ近づく。
「ねえ、ぽこちゃん、ご挨拶しようか」
「イケメンじゃないぽこ」
「そういうことじゃないでしょう?」
観音寺はぽこちゃんを抱え上げて、神明の目の高さに合わせるようにした。
「明日には絵は戻ってるぽこ?」
両手をぱたぱたと振るぽこちゃんを、神明は見開いた目で凝視した。
「な、に……これ?」
神明は、目の前で器用に動くクリーム色のぬいぐるみと、観音寺のすべてを見透かしたような優しい瞳を交互に見つめる。
「え? そうなのぽこちゃん。神明さん? 明日には美術室に絵が戻ってるんですか?」
観音寺は、確信を帯びたような微笑みを浮かべて尋ねた。
言葉としては疑問形だが、そこには疑問の余地がないかのようだった。
ぽこちゃんに毒気を抜かれたのか、神明は糸の切れた操り人形のように、その場に立つのがやっとだった。
そして吹っ切れたように観音寺を見上げて言うのだった。
「……はい。明日になれば、絵は戻っています。美術展にも間に合う。……大丈夫だから、夕凪」




