第441話:市場に流れる道
王都の南市場は、朝から人で賑わっていた。
魚を並べる者。
果物を運ぶ者。
布を選ぶ旅人。
子どもたちは焼き菓子の香りに笑い、荷馬車はゆっくりと石畳を進んでいく。
店先で果実を売る老商人が、隣の店主へ声を掛けた。
「今年も北の麦が早いな。」
「橋が直ったからだろ。」
「いや、それだけじゃない。」
老商人は袋詰めの手を止めた。
「ここ十年、荷が止まらん。」
若い店主は笑う。
「景気がいいってことですよ。」
「そうだな。」
老商人も笑った。
だが心のどこかで、不思議に思っていた。
雨が降っても。
雪が積もっても。
他国が騒がしくても。
この市場だけは、大きく乱れた記憶がない。
昼頃、一台の荷馬車が静かに市場へ入る。
御者は荷札を確認し、決められた場所へ荷を降ろす。
誰も指示を出さない。
誰も怒鳴らない。
それでも人は自然に動いていく。
通り掛かった旅人が驚いた。
「誰が仕切っているんだ?」
老商人は首を横に振る。
「誰でもないさ。」
少し考え直して、穏やかに続けた。
「皆が、自分の仕事をしてるだけだ。」
旅人は市場を見渡した。
確かにその通りだった。
だからこそ、この場所は今日も滞ることなく呼吸している。
市場を抜ける風は、百五十年前と変わらぬ穏やかさで、人々の笑い声を運んでいた。
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