第438話:受け継がれる席
宰相任命の日。
王宮には貴族や役人が集まっていた。
豪華な式典ではない。
歴代の宰相がそうであったように、静かな任命式である。
若き国王は玉座ではなく、一段低い場所に立っていた。
向かいに立つのはガル。
第三書記室の書記官として長く働いてきた青年だった。
式典は短い。
誓いの言葉も少ない。
「レグナス王国のため。」
「はい。」
「民のため。」
「はい。」
「共に歩んでくれるか。」
ガルはゆっくりと頭を下げた。
「喜んで。」
それだけだった。
拍手も大きくはない。
歓声も上がらない。
だが、列席していた老臣たちは穏やかに頷いていた。
ある老臣が若い役人へ小さく話す。
「知っているか。」
「何でしょう。」
「百五十年前から、この席だけは変わっておらん。」
若い役人は首を傾げる。
「王家が選ぶ。」
「宰相家が支える。」
「どちらも奪わない。」
「だから続く。」
その意味はまだ理解できなかった。
任命式が終わると、ガルは真っ先に第三書記室へ戻る。
机の上には朝の続きを待つ書類が積まれていた。
彼は礼服を脱ぎ、いつもの仕事着へ着替える。
王宮の外では子どもたちの笑い声が聞こえる。
王になった日ではない。
宰相になった日でもない。
今日も一人の役人として机に向かった日。
その積み重ねこそが、この国の強さだった。
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