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第437話:名も残らぬ庭師
王宮の裏庭では、一人の老人が黙々と枝を払っていた。
春を迎える前の剪定。
派手な仕事ではない。
花が咲けば庭師の名は忘れられ、枯れれば仕事だけが責められる。
それでも老人は、毎年同じ枝を、同じ角度で切り続けていた。
そこへ若い庭師見習いがやって来る。
「師匠、その枝まで切るんですか?」
「切る。」
「花が少なくなります。」
老人は鋏を止めなかった。
「今年だけ見ればな。」
そう言って切り落とした枝は、陽当たりを遮っていた太い一本だった。
「五年後には隣の若木が育つ。」
「十年後には庭全体の風通しが良くなる。」
見習いは黙って聞く。
「人は今日の花を見る。」
「庭師は十年後の春を見る。」
その言葉を聞いた瞬間、見習いは少しだけ誰かを思い出した。
王宮で働く古い役人たちが、ときどき口にする名。
――カイン。
誰も詳しく語らない。
だが、年配者ほど、その名を口にすると自然と背筋を伸ばく。
昼過ぎ、国王が庭を歩いた。
「今年も綺麗だ。」
その一言だけ残して去っていく。
老人は一礼し、また枝を整え始めた。
誰にも知られない仕事。
誰にも褒められない仕事。
それでも百五十年守られてきた国は、こういう人々の手で今日も静かに整えられていた。
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