第436話:王家の習慣
レグナス王宮。
朝の謁見が終わると、若き国王は決まって一つの部屋へ向かう。
豪華な執務室ではない。
第三書記室。
古い木机が並ぶだけの静かな部屋だった。
扉を叩く。
「失礼する。」
立ち上がった役人たちが一礼する。
ガルもまた静かに頭を下げた。
国王は笑顔で言う。
「朝は忙しいかな。」
「いつも通りでございます。」
ガルは書類を閉じることなく答えた。
王は机の上を見る。
穀物。
橋梁。
税。
港。
どれも国を支える仕事だった。
「困っていることは?」
「ありません。」
「本当に?」
少しだけ考えたあと、ガルは一枚の紙を差し出した。
「西街道第三十九区画の修繕が終わりました。」
「そうか。」
王はそれだけで十分理解したように頷く。
その場にいた若い近衛騎士は、不思議そうな顔をしていた。
王がわざわざ来て話す内容ではない。
しかし老侍従だけは静かに微笑んでいる。
百五十年前から変わらない光景だった。
王は命令を下しに来るのではない。
現場の声を聞きに来る。
書記官は権力を求めない。
王はその姿勢を信じ続ける。
だからこの国では、王家と宰相家の間に余計な疑念が育たなかった。
帰り際。
国王は扉の前で一度だけ振り返る。
「明日も頼む。」
ガルは静かに一礼した。
「承知いたしました。」
短い言葉。
それだけで、百五十年続いた信頼は今日も受け継がれていった。
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