第434話:第三書記室の青年
王宮東棟の第三書記室は、いつも静かだった。
国家の方針を決める大臣も、軍を率いる将軍も訪れない。地方から届いた申請書を受け取り、分類し、必要な部署へ送る。目立たない役人ばかりが働く部屋だった。
青年書記官ガルは、窓際の机で穀物輸送の申請を読んでいた。
北部三郡から王都へ送られる麦。
例年より荷車が十二台少ない。
隣席の同僚は、欄外へ不足と書こうとした。
「待ってください」
ガルは前年の記録を取り出す。
北部では今年、橋の補修が行われている。荷車が減ったのではなく、一台あたりの積載量が増えていた。
「不足ではありません。余剰が出ます」
「よく気づいたな」
同僚は感心したが、ガルは小さく首を振る。
「道が変われば、数字も変わりますから」
昼前、王宮から一通の封書が届いた。
差出人は国王。
宛名は第三書記室のガル。
同僚たちが驚く中、ガルだけは封を切らず、机の引き出しへ収めた。
「読まないのか?」
「仕事が残っています」
ガルは次の申請書を開く。
港の塩。
東部の薬草。
山岳地帯の冬布。
一つずつ確かめ、数字の向こうにいる人々の暮らしを拾っていく。
夕刻。
最後の書類を送り出してから、ガルはようやく封書を開いた。
中には短い言葉だけが記されていた。
明朝、王の間へ。
ガルはしばらく紙を見つめ、静かに折り畳んだ。
壁には、歴代の第三書記室勤務者の名簿がある。
最も古い欄。
そこにも同じ姓が残っていた。
王座から最も遠い部屋で、その一族は百五十年間、同じように朝を迎え続けていた。
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