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最強だった俺は、もう戦わないと決めた ―辺境小国の宰相として大陸を制す―  作者: 竜太郎


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431/442

第433話:百五十年目の朝

レグナス王都の朝は、百五十年前よりも早く始まる。


中央広場の鐘が鳴る前から、荷車は石畳を進み、パン屋の煙突から白い煙が上がっていた。街路樹の根元では清掃人が落ち葉を集め、役所の若い職員が水路の蓋を一枚ずつ確かめている。


誰も急いではいない。


だが、誰も止まってもいなかった。


中央歴史編纂室の新人書記官リオは、地下書庫で古い箱を抱えていた。整理札には、百五十年前の王都東区とだけ記されている。


中に入っていたのは、英雄の勲章でも、戦争の記録でもなかった。


雨で崩れた路肩の位置。


冬に不足した薪の量。


夜勤の門兵が温かい食事を取れなかった日。


荷役人が腰を痛めた倉庫の段差。


細かな文字が、何冊もの手帳を埋めている。


「こんなものまで残したのか」


リオが呟くと、先輩書記官が箱を覗いた。


「誰の記録だ?」


表紙の裏側に、薄く名前が残っていた。


カイン。


それだけだった。


窓の外では、朝の配給馬車が決められた場所へ止まり、荷役人たちが無理のない間隔で袋を運び始めている。その足元の段差は低く、雨水は脇の溝へ静かに流れていた。


リオは古い手帳と窓の外を見比べる。


百五十年前の小さな不便が、今の王都には一つも残っていない。


「この人は、何を見ていたんだろう」


問いに答える者はいなかった。


ただ王都は、いつもの朝を滞りなく迎えていた。


(次話へ)


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