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最強だった俺は、もう戦わないと決めた ―辺境小国の宰相として大陸を制す―  作者: 竜太郎


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第429話「港の生簀」

レグナス王国南部の河川港。夕暮れ時、水門の管理人の老ジャンは、中央からの通達に従って、川沿いにある「国営の魚生簀」の網の深さを慎重に調整していた。


「ジャンさん、この生簀の位置、いつもより数寸だけ川の真ん中に寄っている気がするが、大丈夫かい?」


近くの桟橋で荷下ろしをしていた船頭が、川面を見つめながら声をかけてきた。


「ああ、中央の港湾局からの厳命だ。今月は水流の逃げ道をこの位置で固定しろ、とな。船の行き来には何の問題もねえよ」


ジャンはパイプに火をつけ、白煙を吐き出した。船の運行には支障がない。だが、ジャンはこの川で三十年間生きてきた男だ。この生簀の位置の数寸の違いがもたらす変化を知っていた。


生簀がわずかに川の中心へ寄ったことで、水流の当たり方が変わり、下流の国境付近にある「特定の瀬」の水深が、通常よりもほんの少しだけ浅くなる。


商船は何の苦労もなく通過できる。だが、隣国セラフィス聖王国が万が一、物資を大量に積んだ軍用の大型輸送船を動かしようとした際、その船底は確実にその瀬の砂利に乗り上げ、座礁することになるのだ。


大々的に水塞を築けば、それは軍事的な挑発行為となる。だが、ただの港の生簀を日常の管理の範囲内で数寸動かすだけで、大国の輸送計画を、戦う前に勝手に座礁させる。


「川の流れなんて、誰にも止められんさ」


ジャンは暗い水面を見つめた。


夜の闇の中、川は何事もなかったかのように静かに流れている。しかしその流れの一滴にいたるまで、宮廷の奥深くにいる誰かの精密なタクトによって、完璧にコントロールされていた。

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