第424話「地方の土砂」
レグナス王国西部の山林地帯。地方役人のトベムは、崩れかけた古い炭焼き小屋の跡地で、職人たちの作業を監督していた。
「トベムさん、こんな誰も通らない斜面に、なんでわざわざ『土留めの杭』を打つんですか?」
地元の若い人足が、丸太を地中深く打ち込みながら不思議そうに尋ねた。
「中央からの山林保護計画に入っているんだ。文句を言わずに、指示された通りの深さで丸太を並べてくれ」
トベムは手元の図面を睨みつけながら、淡々と答えた。
普通の役人なら、また宮廷の予算消化のための無駄な工事だと吐き捨てるだろう。だが、トベムがその杭の新しい配置を周囲の地形と照らし合わせてみたとき、ある明確な意図に気づいて息を呑んだ。
この新しく打たれた杭の配列は、大雨が降った際、斜面から流れ落ちる「土砂の流れる方向」を、ほんのわずかに変えるように設計されていたのだ。
秋になり、長雨の季節になると、この杭によって誘導された土砂が、斜面の下にある「小さな沢」を自然と埋め立てる。それにより、隣国グランヴェルドの隠密たちが、国境を越えて潜入する際の「唯一の隠れ道」が、誰の手も借りずに自動的に消滅することになるのだ。
大々的に兵を配備して国境を監視すれば、それは敵を刺激することになる。だが、ただの土留めの杭の配置を数寸変えるだけで、自然の雨が、敵の隠密ルートを勝手に塞ぐ。
「私たちの仕事は、ただ図面通りに丸太を打たせることだ」
トベムは次の杭を指さした。
誰も気づかないほど自然に、世界の隙間が、レグナスの宮廷の欄外の文字によって、完璧にコントロールされていた。




