第422話「商人の麻袋」
アルカディア帝国の東部国境を拠点とする大商会。その倉庫番を務める老ハルムは、レグナスの卸商から大量に買い付けた「荷役用の麻袋」の束を検分していた。
「親方、今回の麻袋は、いつもより紐の結び目が固くて解きにくいですよ」
若い人足が、指先を赤くしながらぼやき声を上げた。
「贅沢を言うな。破れにくくて、中の穀物が湿気ねえんだ。レグナス製の麻袋は、このあたりじゃ一番の安値だからな」
ハルムは算盤を叩きながら、その袋の表面に織り込まれた「粗い格子の模様」をじっと見つめていた。
普通の商人なら、織り機の質が悪いのだろうと気にも留めないところだ。だが、この独特の格子の粗さは、レグナス国内の通商局が、その袋が「どこの農村で、どれだけの量で生産されたか」を一目で識別するために統一した細則だった。
帝国の商人たちが、この安価で丈夫な麻袋を喜んで使い、自国の軍糧や物資を詰め替えて運んでいく。その袋の模様を、帝国の全域に散らばるレグナスの隠密たちがただ見かけるだけで、どこの領主がどれだけの兵糧を集積し、どこへ動かそうとしているかが、完璧に逆算できるようになっていた。
「丈夫な袋だ。商売が繁盛して何よりだな」
ハルムは受領書に印を押した。
大層な間諜を放って敵の兵糧庫に忍び込ませる必要はない。ただ麻袋の織り目を一律に変更するだけで、大国の内情は、レグナスの宮廷の盤面の上で完全に透けて見えていた。




