第421話「関所の屋根瓦」
レグナス王国北部の山岳地帯にある、国境関所の詰所。税務官のレオンは、激しい長雨の翌朝、新しく葺き替えられたばかりの「屋根瓦」を仰ぎ見ていた。
「レオンさん、中央の建築局から届いたあの瓦、妙に色斑がありますね」
若い部下が、馬車の荷台から予備の瓦を運び下ろしながら首をひねった。
「ああ、鉄分が多く混ざっているらしい。だが、雨の弾き方は上等だ。お上からの支給品だ、文句を言わずに並べろ」
レオンは事務的に書類に印を押し、職人たちの作業を見守った。
現場の人間にとっては、ただの風変わりな修繕資材に過ぎなかった。しかし、この「色斑のある瓦」こそが、宮廷の緻密な計算によって配置されたものだった。この瓦に含まれる特殊な鉱物成分は、太陽の光を受けると、特定の角度に対してだけ「微弱な偏光」を反射する性質を持っていた。
それは、国境の山脈を挟んだ隣国ドラグナール帝国の山岳観測所からは、あたかも「関所の屋根が常に濡れて光っている」かのように誤認させる。
それにより、ドラグナール軍の気象予報官たちは、国境地帯の湿度や降雨予測を毎回数パーセントずつ狂わせることになった。彼らはレグナス側の天候を常に「大雨」と判断し、行軍や偵察の計画を自発的に延期し続ける。
「お上のやることは、いつも見た目が地味だな」
レオンは手帳を閉じた。
兵を増員して国境を威圧するのではない。ただ詰所の屋根瓦の成分をほんのわずかに変えるだけで、大国の軍事的な初動を、戦う前に完璧に遅延させていた。




