第420話「無言の調律」
アルカディア、グランヴェルド、セラフィス、ドラグナール。大陸を支える四大国の最高権力者たちは、未だにレグナス王国の本当の不気味さに気づくことができずにいた。
宮廷の賢者たちは、大陸の勢力図を見つめながら、現在の平和を「奇跡的なバランス」と呼んで称賛していた。
どこかの国が牙を剥けば、別の国の役人が勝手に汚職を起こして物資を滞らせる。最強のジョーカー騎士団が動こうとすれば、ただの商業馬車が道を塞ぐ。小国が反旗を翻そうとすれば、レグナスの提供する安価な塩と水の前に、民衆が自発的にそれを宥める。
世界は、恐ろしいほどの精密さで、崩壊を回避し続けていた。
レグナス王国は、一度も歴史の主役に躍り出たことはない。王家もまた、自分たちの身の丈に合った平穏な統治を、ただ実直に続けているだけだ。
しかし、その国王の椅子のすぐ後ろ。
誰の目にも留まらない欄外の場所に、毎日淡々と数字を書き込み、役所の書類の文言を一律に変更し、世界全体の呼吸のテンポを整え続けている一人の宰相がいた。
彼は王にはならない。王を不要にしない。ただ、自分を最初に認めてくれたこの国が、永遠の平穏の中に留まり続けるために、世界そのものを書き換える。
後世の歴史家たちが、残された膨大な公文書の数字の整合性を前にして、初めてその男の怪物性に気づき、恐怖で筆を震わせるその日まで。レグナスの静かなる防壁は、今日も世界のすべてを、その掌の上で優しく転がし続けていた。




