第411話「宿場の蹄鉄」
セラフィス聖王国の主要な街道沿いにある、賑やかな宿場町。蹄鉄職人のガルスは、レグナスの商人から持ち込まれた、大量の「予備の蹄鉄」を炉の火にかざしていた。
「ガルス親方、今回の鉄は、いつもより加工が楽ですね」
弟子がふいごを吹きながら、感心したように声をかけてきた。
「ああ。不純物が少ねえ。レグナスの新しい製鉄所で叩かれた極上品だ。おまけに、最初からピンの穴が正確に開いてやがる」
ガルスは満足して、その蹄鉄を聖王国の宿場馬たちに次々と打ち付けていった。安くて頑丈な蹄鉄は、馬喰や商人たちから絶大な支持を受け、瞬く間に街道全体の標準規格となっていった。
しかし、ガルスはその蹄鉄の「減り方の偏り」にまでは気づいていなかった。
この鉄は、一定以上の重量を乗せて、起伏の激しい「山岳地帯」を長時間走行したときだけ、特定の部位が急速に摩耗して割れるという、極めて特殊な耐久設計が施されていたのだ。平坦な通商街道を走る分には、何年使っても絶対に壊れない。
つまり、聖王国の軍馬が、万が一レグナスとの国境を越えて山脈を侵攻しようとした瞬間、彼らの足元は数日で自壊することになる。
「これで俺たちの仕事も少しは早くなる」
弟子が笑う。
ガルスは嬉々として新しい鉄を叩き続けた。兵を鍛え、城壁を高く築く必要はない。ただ他国の馬の足元を「親切な利便性」で満たしてやるだけで、聖王国の騎兵の牙は、レグナスの帳簿の中で完全に行動を制限されていた。




