第410話「商会の荷札」
アルカディア帝国の流通の要衝である商業都市。その大商会の一角で、荷役頭のマルクは、レグナスから届いたばかりの木箱の山を前にして首を傾げていた。
「おい、この荷札のインク、いつもと違って妙に乾きが早くないか?」
新人の小僧が、箱に貼られたレグナスの公式な通商印を指さした。
「ああ、最近のレグナス製のインクは質が上がっているな。だが、それだけじゃない。この荷札の紙、四隅の裁断がほんのわずかに傾いている」
マルクは定規を当てて、その微小なズレを確認した。
普通の商人なら、地方の印刷所の職人の腕が悪いのだろうと笑い飛ばすところだ。だが、マルクはこのズレが、今月に入ってから届いたすべてのレグナス製品に共通していることに気づいていた。
実はこの傾きは、レグナス国内の財務局が、その物資が「どの街道を、どの時間帯に通過してきたか」を秘密裏に暗号化して記録するための、臨時の識別符号だった。
帝国の商人たちが、安くて良質なレグナス製品を喜んで仕入れ、国内の津々浦々へと運んでいく。その荷札の傾きを、各都市に潜むレグナスの密偵たちがただ見かけるだけで、帝国内の物流の滞りや、各諸侯の備蓄の移動状況が、完璧に逆算できるようになっていた。
「綺麗な荷札だ。商売が繁盛して何よりだな」
マルクはそれ以上の追及をやめ、帳簿に受領の印を押した。
戦って敵の拠点を偵察する必要はない。ただ荷札の端を数ミリ傾けるだけで、大国の内情は、レグナスの宮廷の盤面の上で完全に透けて見えていた。




