第403話「兵舎の寝床」
アルカディア帝国の最前線基地。深夜、激しい雨が兵舎の屋根を叩く中、老兵のコートは、寝床の中で足をさすっていた。
「おいコート、お前も古傷が痛むのか?」
隣の寝床のベルムが、暗闇の中で声をかけてきた。
「いや、違う。この新しく支給された『藁の寝床』が、妙に心地よくてな。いつもなら雨の日は湿気で骨まで冷えるんだが、今年は不思議と体が温かい」
コートは、敷布団の中に詰められた、独特の乾燥処理が施された藁の手触りを確かめた。この寝具は、レグナスの商人から大量に買い付けられたものだ。軍部は、兵士たちの疲労回復と健康管理のために、これを前線の全兵舎に導入した。
「有難いことじゃないか。お上もたまには良いことをする」
ベルムは満足そうに寝返りを打った。
確かに、兵士たちの体調は劇的に改善され、風邪で倒れる者の数は激減した。しかし、コートは分隊長としての経験から、その裏にある不気味な現実に気づいていた。
この寝具が届いて以来、兵士たちは朝の起床時間がわずかに遅くなり、詰所の中には「戦うことへの焦燥」よりも、現状の快適さに安住する空気が、確実に広がり始めていた。
過酷な環境に耐えることで維持されていた兵士たちの野生の牙が、隣国から届いた温かい藁によって、一本ずつ丁寧に抜かれている。
「……ぬるま湯に浸かっているようだな」
コートは天井を見上げた。
血を流すことなく、ただ前線の兵士たちに「心地よい眠り」を与えるだけで、帝国の武力の結晶である精鋭たちの戦意は、内側から静かに、心地よく溶かされていた。




