第401話「小国の鍛冶場」
ドラグナール帝国の国境付近にある、人口千人ほどの小国ルシア。その街の唯一の鍛冶場では、親方のトマスが、赤く焼けた鉄を叩く手を止めて息を荒げていた。
「親方、またレグナスの商人から、新しい『ふいごの設計図』が届きましたよ」
弟子が、上等な紙に描かれた図面を広げて見せた。
「何だこれは……。風の送り方が、今のうちのやつより三倍も効率がいい。これなら、少ない炭で二倍の鉄が溶かせるぞ」
トマスは図面に目を輝かせた。レグナスの商人は、これを「技術交流の親善のため」として、無償で提供してくれたのだという。小国の鍛冶屋にとっては、まさに神からの贈り物のようだった。
しかし、トマスはその図面の隅に描かれた、特殊な「炉の固定位置」の寸法にまでは気を留めていなかった。
この新しいふいごを導入するためには、鍛冶場の中心にある炉の土台を、レグナス指定の規格に作り直さねばならなかった。それはつまり、ルシア国内のすべての鍛冶場が、レグナス製の「特定の部品」がなければ修理も維持もできない構造に変わることを意味していた。
さらに、その規格で作られた炉は、レグナス国内で大量生産されている標準的な鉄鉱石の塊を溶かすのに、最も適した温度が出るように調整されていた。
「これでおれたちの仕事も楽になるな」
弟子が無邪気に笑う。
トマスは嬉々として古い炉を壊し始めた。兵兵を送り込んで城を奪うまでもない。ただ便利な図面を一枚手渡すだけで、小国の基幹産業の心臓部は、レグナスの技術という目に見えない檻の中に、自ら進んで飛び込んでいった。




