第400話「関税の端数」
レグナス王国南部の国境関所。税務官のルカは、夕暮れ時の冷え込む事務室で、インクで汚れた帳簿を前に算盤を叩いていた。
「ルカさん、またアルカディアの商隊から、通行税の計算について苦情が来ています」
若い部下が、困り顔で一枚の申請書を持ってきた。
「またか。彼らの主張は何だ?」
「規定の重量に対する税の端数が、前月よりもわずかに高く計算されている、と。ほんの数ルルの違いなのですが、あちらの商頭は規律に厳しい男でして」
ルカは申請書を受け取り、欄外に書かれた複雑な計算式に目を通した。
この税率の端数の変更は、三日前、中央の財務局から届いた「臨時通達」に記載されていたものだった。大々的な増税ではない。ただ、アルカディアの商隊が運ぶ「特定の鉄製品」の重量計算において、ごく微小な端数の切り上げを行うという、極めて地味な細則だった。
普通の役人なら、ただの事務手続きの変更として見過ごすだろう。
しかし、この数ルルの端数の違いによって、アルカディアの商隊は関所で余計な書類の書き直しを求められ、通過するまでに毎回「一時間」の遅れを余儀なくされることになった。
そのわずかな遅れが積み重なり、国境沿いの市場における彼らの取引のタイミングは、レグナスの地元商人の後手に回るようになる。
「苦情は預かっておくと伝えろ。法規通りに変りはない、とな」
ルカは書類を引き出しに収めた。
兵を動かすことも、関所を閉鎖することもない。ただ帳簿の上の数ルルの端数をいじるだけで、大国の経済的な進出スピードは、レグナスの宮廷の意図通りに減速させられていた。




