第399話「馬喰の目利き」
セラフィス聖王国の主要な宿場町で、長年馬の仲買人を営む老ハルムは、レグナスの商人から持ち込まれた十頭の宿場馬を品定めしていた。
「どれも大人しくて、足腰が締まっているな。荷馬車を引かせるには上等だ」
ハルムが馬の歯並びを見ながら言うと、レグナスの商人は愛想笑いを浮かべた。
「ええ。我が国の西部で、特別な配合の飼料を使って育てられた性質の穏やかな気性です。聖王国の商人の方々なら、破格の値でお譲りしますよ」
ハルムは満足して金を支払った。扱いやすい馬が安く手に入るのは、商売人として大歓迎だった。
しかし、ハルムの隣にいた、引退した元従軍の老騎士だけは、その馬たちの爪の形をじっと見つめていた。
「ハルム、この馬たちは蹄の減り方がどれも同じだ。おそらく、極めて平坦で、障害物のない、まっすぐな街道だけを走る訓練をされてきている」
「それがどうした? 荷馬車馬ならそれが普通だろ」
ハルムが笑うと、老騎士は首を振った。
この馬たちは、起伏の激しい山道や、泥濘の続く戦場のような過酷な環境では、すぐに足を痛めて動けなくなる性質を持っていた。聖王国の流通がこの馬ばかりになれば、万が一の有事の際、国内の物流は「整備された平坦な道」以外では完全に麻痺することになる。
そしてその整備された道は、すべてレグナスの国境へと繋がっていた。
「親切に実用的な馬を売りつけながら、我が国の機動力を特定の場所に縛り付けているわけか」
老騎士の呟きは、馬のいななきにかき消された。
安さと利便性という極上の罠が、聖王国の足元を、レグナスの帳簿が指定したルートの上へと、優しく、しかし強制的に引きずり込んでいた。




