第379話「港の通行人」
レグナス王国の主要港湾都市。夕暮れ時、港湾労働者の頭領であるガリは、桟橋の近くにある酒場のテラス席から、行き交う人々を眺めていた。
「なあガリ、最近、港に妙な連中が増えたと思わねえか?」
隣に座った若い荷役人が、麦酒を飲みながら顎で広場を指し示した。
「妙な連中ってのは、どいつのことだ」
「ほら、あのあずき色の外套を着た奴らさ。商人にしては荷物が少ねえし、旅人にしては足取りが揃いすぎている。ここ一ヶ月、毎日のように別の奴らが上陸してくるんだ」
ガリは言われた男たちをじっと見つめた。彼らはアルカディア帝国の、それも下級の役人や退役兵たちだった。帝国で食い詰めた者たちが、仕事と平穏を求めてレグナスへ流れ着いているのだ。
「放っておけ。あいつらはただの移民だ。役所がちゃんと手続きして、農地や倉庫の割り当てをしてるさ」
ガリは杯を干した。
現場の人間にとっては、ただの労働力が増えただけのことだ。しかし、この「受け入れ」の裏には、レグナスの恐るべき計算が隠されていた。帝国からの移民を特定の職種に就かせ、小口の給与を支払うことで、彼らをレグナスの経済から抜け出せないようにしている。
同時に、彼らが本国の家族へ送る手紙や仕送りの流れを監視することで、帝国の末端の情勢が、レグナスの情報部に筒抜けになっていた。
「人が増えれば、港も賑やかになる。いいことじゃねえか」
ガリは笑った。誰もが、自分たちの街が豊かになっていると信じている。その豊かさそのものが、他国の情報を吸い上げるための巨大な網になっているとは、誰も気づいていなかった。




