第378話「小国の不安」
ドラグナール帝国の影響下にある小国ルシア。その王宮の一室で、老内政官のヴァルは、レグナスから提示された「共同での国境橋の架け替え計画」の書状を睨みつけていた。
「どう思う、この提案は」
ヴァルが問いかけると、隣に立つ若い外交官は、興奮を抑えきれない様子で答えた。
「素晴らしい条件です。費用の八割をレグナス側が負担するというのですよ。我が国の財政を圧迫することなく、交易路が最新のものに生まれ変わります」
「……だからこそ、恐ろしいのだ」
ヴァルは書状を机に叩きつけた。
橋が新しくなれば、流通量は増え、ルシアの商人たちは潤うだろう。だが同時に、その橋の構造、耐久度、そして「どの程度の重量の荷馬車が、一日に何台通れるか」という詳細なデータが、すべてレグナスの共同管理事務所に握られることになる。
それは、ルシアの軍事的な機動力が、レグナスの帳簿の上で丸裸にされることを意味していた。
断れば、国内の商人たちから「なぜ国益を損なうのか」と突き上げを食らう。受け入れれば、気づかぬうちに隣国のシステムに深く取り込まれていく。
「攻めてこない敵ほど、対処に困るものはないな」
ヴァルは白髪の頭を抱えた。
レグナスは兵を一兵も動かさず、ただ「親切な提案」という名の鎖を、ルシアの首に静かに巻き付けようとしている。そしてその鎖を作るための予算は、レグナスの宮廷の欄外にある、目立たない項目から音もなく引き出されていた。




