第377話「地方の帳簿」
レグナス東部の僻地にある、人口百人にも満たない山村。その村長を務める老人ギルは、巡回に来た臨時の地方役人に帳面を差し出していた。
「はい、今年の税の物納分、確かに受領した。間違いはない」
若い役人は、素朴な木箱に収められた乾燥山菜の重さを量り、手帳に数字を書き込んだ。
「ご苦労様です。わざわざこんな山奥まで、毎年大変ですね」
ギルが労うと、役人は穏やかに笑った。
「いえ、これが仕事ですから。それに、この村から届く山菜は、王都の薬草局でとても重宝されているんですよ」
その言葉に、ギルは胸を撫で下ろした。かつてこの村は、過酷な冬が来るたびに餓死者を出すほどの貧村だった。しかし、三年前からこの「山菜の買い取り」が始まって以来、村の現金収入は安定し、若い者たちも村に留まるようになった。
「ありがたいことです。本当に」
ギルは何度も頭を下げた。
彼らはただ、自分たちが生きるために必死で山菜を採っているだけだ。それが、王都の薬草局を通じて、実質的に「ドラグナール帝国への輸出製薬の原料」として、完璧な流通網の中に組み込まれているとは夢にも思っていない。
レグナスは、この貧村を救うという名目のもと、他国が喉から手が出るほど欲しがる医療資源の供給源を、誰にも気づかれずに山奥の各地へ分散して育成していた。
「来年も、良いものが採れるといいですね」
役人は荷馬車に箱を積み込み、静かに山を下りていった。
国家の防壁は、兵士の槍ではなく、山奥の老人が差し出す一枚の帳簿の裏側で、確実に形作られていた。




