第375話「職人の型枠」
レグナス王国の西部に位置する、老舗の革製品工房。親方のハンスは、仕上がったばかりの「軍用馬具」の型枠を、何度も指先でなぞっていた。
「親方、今回の新型、少し寸法が変わりすぎていませんか?」
若い職人が、牛革を裁断する手を止めて不思議そうに尋ねた。
「ああ、国から届いた仕様書通りに作ると、これまでの馬具より一回り小さくなる。だが、不思議と馬の背中にはぴったり馴染む設計だ」
ハンスは型枠を棚に戻し、冷めた麦茶を口にした。
レグナスの軍馬は、他国に比べて小柄で持久力に優れた品種が多い。この新しい馬具は、その特長を極限まで引き出すために計算され尽くしていた。長時間の行軍でも馬が疲弊せず、かつ荷物の積載量を落とさない。
「さすがは王宮の技師様たちですね。よく考えている」
弟子は無邪気に感心していた。
だが、ハンスはこの仕様書が、技師ではなく「宮廷の文官」の部署から回ってきたことを知っていた。彼らは戦術など知らないはずなのに、なぜこれほど完璧に軍馬の特性を理解し、効率化できるのか。
さらに、この仕様書と同時に、国内の全工房に対して「古い型の馬具は、すべて隣の小国へ安値で払い下げるべし」という奇妙な通達も届いていた。
小国は喜んでそれを買い、自国の馬に装着するだろう。だがそれは、小国の騎兵たちが、レグナスの「古い規格」に縛られることを意味していた。万が一、彼らがレグナスと敵対したとき、その馬具の弱点はすべてレグナス側に把握されている。
「道具を作るってのは、恐ろしいことさ」
ハンスは再び槌を握った。ただの革の寸法一つに、国家の行く末が縫い込まれていた。




