第374話「深夜の荷役」
セラフィス聖王国の河川港。夜霧が立ち込める中、一隻の無籍船が音もなく桟橋へと滑り込んできた。
港の税関役人であるマルセルは、ランタンの光を抑えながら、船倉から運び出される木箱の数を目で追っていた。
「おい、本当にこの荷に税をかけなくていいんだな?」
船頭が不気味なほど低い声で囁いた。木箱の中身は、すべてレグナス国内の鉱山から切り出された「極上の黒炭」だった。冬の暖房には欠かせない必需品であり、聖王国の貴族たちが高値で買い漁る代物だ。
「上からの厳命だ。この船の荷はすべて『臨時備蓄』として処理する。帳簿には記載しない」
マルセルは淡々と答えた。
この不記載の処理は、一週間前に聖王国の財務次官から直接下された、非公式な命令に基づいている。次官自身、レグナスの商人から「個人的な貸し」を相殺する条件として、この炭を無税で受け入れるよう持ちかけられたのだ。
次官にとっては、懐を痛めずに莫大な利益を得るだけの簡単な仕事だった。
しかし、その結果として、聖王国の市場にはレグナス製の安価な黒炭が大量に、そして秘密裏に供給されることになる。聖王国独自の炭鉱ギルドは価格競争に敗れ、徐々に操業短縮へと追い込まれていく。
「何が目的だか知らんが、美味い汁を吸えるうちは文句を言うな、か」
船頭は鼻で笑い、次の箱を運ばせた。
誰も戦を仕掛けていない。ただ、一人の汚職役人の欲を突つくだけで、聖王国の主要産業の土台が、夜霧の中で少しずつ削り取られていた。マルセルはただ、消えゆく炎のような数字を、闇の中で見つめ続けていた。




