第373話「街道の荷崩れ」
レグナス王国の中央へと続く東部街道の難所で、一台の大型荷馬車が車輪を泥に取られ、派手に荷崩れを起こしていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。これじゃあ後ろがつかえちまう」
後方に並んでいた別の商隊の御者が、苛立ちを隠さずに怒鳴り声を上げた。荷台から転がり落ちたのは、すべて隣国グランヴェルドから運び込まれたばかりの大量の「乾燥芋」の袋だった。
「すまねえ! すぐに片付けるから、手を貸してくれ!」
事故を起こした御者が必死に声を張り上げる。周囲の商人や人足たちが、舌打ちをしながらも次々と馬車を降り、散らばった袋を回収し始めた。
その様子を、街道沿いにある小さな監視小屋の窓から、地元の警備兵が冷めた目で見つめていた。彼は手元の帳面に、ただ「午前十時、東部第三区画にて荷崩れ発生。処理に二時間」とだけ書き込んだ。
上層部への報告はそれで終わりだ。兵を出して交通整理をする必要もない。
実は、この事故が起きた場所は、三日前に地元の役所が「排水溝の清掃」という名目で、意図的に周囲の泥を少しだけ深く残しておいた小道だった。大々的な封鎖ではない。ただ、重い馬車が通れば、高い確率で足を取られるだけの絶妙な緩みが作られていたのだ。
結果として、グランヴェルドの商隊はここで二時間の足止めを食らい、その先にある臨海市場への到着がわずかに遅れることになった。
市場では、ちょうどレグナスの地元商人が大量の穀物を売り抜けた直後だった。グランヴェルドの荷が届いたときには、すでに価格は下がりきっており、彼らは大損を抱えて引き返す羽目になる。
誰もがそれを、運の悪い「ただの事故」だと思い込んでいた。




