第372話「四大国の均衡」
アルカディア帝国の最高権力者が集う円卓会議。その中央には、大陸の四大国──アルカディア、グランヴェルド、セラフィス、ドラグナールの勢力図が広げられていた。
「近年、四国のパワーバランスが奇妙なほど安定しているな」
老宰相が髭を触りながら、盤上の駒を見つめた。かつてであれば、どこかの国が兵を動かせば即座に均衡が崩れ、数年に及ぶ大戦争が勃発していたはずだった。しかしここ数年、どれだけ各国が水面下で謀略を巡らせても、なぜか決定的な衝突に至る前に、問題が自然消滅していく。
「我が国の軍事行動も、補給の遅れや地方の小規模な暴動で、二度も延期を余儀なくされている。ドラグナールも同様だ。まるで、世界そのものがこれ以上の崩壊を拒んでいるかのようにな」
将軍の一人が、不満げに書類を投げ出した。誰も気づいていない。四大国はそれぞれが世界を支える巨大な柱であり、その一つが崩れれば大陸全土が戦火に包まれる。その破滅を未然に防ぐため、四国の「外側」から、ほんのわずかな歪みを微調整し続けている存在がいることに。
小国の経済を傾け、兵士の服を替え、最強の騎士団の進路を逸らす。その全ての小さな変化が組み合わさり、四大国という巨大な均衡装置を、定位置から一歩も動かせないように固定していた。
「レグナス王国はどうだ? あそこは何の動きも見せないが」
「ただの凡庸な国です。王家も平穏を好んでいるようで、脅威にはなり得ません」
報告を聞いた老宰相は満足そうに頷いた。しかし、その盤面の中心に位置するレグナスという空白こそが、この世界を縛り付けるすべての糸の起点であることに、帝国の英知をもってしても、未だ誰も気づいていなかった。




