第366話「小国の不安」
四大国のパワーバランスの狭間に位置する小国クレイズ。その宮廷の地下室で、密偵頭のオルセンは、レグナス王国から集められた最新の公文書の写しを検分していた。
「異常なし、か」
オルセンが吐き捨てるように言うと、報告を持ってきた部下が頭を下げた。
「はい。レグナスの軍拡の兆候はありません。予算の大半は、例年通り地方の灌漑や、港の荷役人のための宿舎建設に費やされています。我が国を脅かすような兵の移動も皆無です」
「それが一番不気味なのだ」
オルセンは机を叩いた。クレイズのような小国にとって、隣り合う大国が牙を剥き出しにしている方が、まだ対策が立てやすかった。どこに兵が集まり、どこに物資が運ばれているかが目に見えるからだ。
だが、レグナスは違う。彼らは一切の牙を見せない。ただ、クレイズの市場で流通する穀物の価格を、自国の余剰米を使って完璧にコントロールし、クレイズの農民たちが「レグナスに米を売るのが一番儲かる」という状態を維持し続けている。
今やクレイズの経済は、レグナスのさじ加減一つで明日にも破綻するほど、彼らのシステムに取り込まれていた。兵を出されず、城を囲まれることもなく、ただ日常の取引の中で完全に牙を抜かれている。
「我が国は、もうレグナスに逆らうことができない。城壁をどれだけ高く築いても、意味がないのだ」
オルセンは蝋燭の火で報告書を焼き落とした。レグナスの王宮のどこかにいる、この見えない檻を作った主の正体を暴けない限り、小国の不安が消え去ることはなかった。




