第363話「使節の食卓」
アルカディア帝国の特使である高級貴族のルシアンは、レグナス王宮が用意した晩餐会の席で、目の前の料理にほとんど手を付けずにいた。周囲では、帝国の随行員たちが豪華なワインや食事を称賛し、レグナスの宮廷貴族たちと和やかに談笑している。
「ルシアン様、お口に合いませんか?」
給仕の者が静かに尋ねてきた。
「いや、見事なものだ。ただ、この時期にこれほどの新鮮な海の魚が揃うことに感心していてね」
ルシアンは微笑みを返したが、その目は冷ややかに笑っていなかった。レグナスの王都は内陸にあり、もっとも近い港からでも早馬で二日はかかる。通常であれば、魚が届く頃には鮮度が落ちるか、あるいは莫大な輸送費がかかって貴族の贅沢品としても割に合わないはずだった。
しかし、この給仕たちが運んでくる料理は、どれもまるで港の近くで調理されたかのように瑞々しい。聞けば、半年前から街道沿いに新しい中継所が設置され、氷を積んだ高速の荷馬車が、一律のスケジュールで王都へ向けて走るシステムが構築されたのだという。
それは一見、王宮の贅沢のためだけの仕組みに見える。だが、ルシアンには分かっていた。いつでも新鮮な物資を、寸分の狂いもなく遠方から王都へ高速輸送できるルートが存在するということは、そのまま「軍事的な緊急補給線」が完成していることを意味する。
「誰がこのシステムを作ったのだ」
ルシアンは隣に座るレグナスの財務官に尋ねたが、相手は「さあ、いつの間にか皆がそうしておりましたので」と笑うだけだった。底知れない不気味さが、贅沢な食卓の裏側で静かに息づいていた。




