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最強だった俺は、もう戦わないと決めた ―辺境小国の宰相として大陸を制す―  作者: 竜太郎


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第360話「橋の上の月」

レグナス王国の国境に架かる大橋。橋番のガルスは、深夜の交代時間を前に、ランタンの灯りで帳面を照らしていた。

今夜は妙に静かだった。月明かりが川面を白く照らし、周囲の森は深い闇に包まれている。

「ガルス、交代だ。今夜は何もなかったか?」

背後からやってきた同僚の番兵が、寒そうに身を縮めながら声をかけた。

「ああ、荷馬車が三台通っただけだ。どれもいつもの定期便さ。特別なことは何もない」

ガルスは帳面を閉じ、同僚に手渡した。だが、彼の頭の中には、先ほど通り過ぎた三台目の馬車の光景が焼き付いていた。御者は見慣れた地元の男だったが、その馬車が運んでいたのは、一般には流通していないはずの、宮廷直属の書記官たちが使う極上のインクの樽だった。

なぜそんなものが、この僻地の国境を越えて他国へと運ばれていくのか。ガルスはあえてそれを追求せず、欄外に小さく「特殊な荷、一梱」とだけ書き残した。彼には分かっていた。自分が知るべきではない領域が存在し、その領域に触れないことこそが、この場所で十二年間生き延びてこられた理由なのだと。

「平穏なのは良いことだな」

同僚が呟いた。

「そうだな。本当に、良いことだ」

ガルスは同意した。この国は今、恐ろしいほどに平穏だ。しかしその平穏は、夜の闇に紛れて動く無数の数字と、それを操る見えない誰かの意志によって、辛うじて支えられている薄氷のようなものであることを、ガルスは静かに確信していた。

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