第357話「使節の夜」
レグナス王国の首都に滞在しているセラフィス聖王国の使節、ベイムは、迎賓館の書斎で本国への報告書を認めていた。
窓の外からは、夜間にもかかわらず市街地を整備する職人たちの槌音が微かに響いてくる。
「この国の変化は、あまりにも静かすぎる」
ベイムは羽根ペンを置き、冷めた茶を口に含んだ。彼はこれまで多くの大国を訪れ、その興亡を見てきた。国が豊かになるときや、軍備を拡張するときは、必ず街に活気が溢れ、同時に歪みが生じるものだった。物価が高騰し、民衆が騒ぎ、宮廷では派閥争いが激化する。それが国家という生き物の常法だった。
しかし、レグナスにはそれがない。
すべてが最初から決められていたかのように、滑らかに、整然と動いている。新しく作られた関税の仕組みも、民衆の不満を呼ぶことなく浸透し、むしろ他国の商人を引き寄せている。まるで、目に見えない巨大な歯車が、一分の狂いもなく国の隅々までを噛み合わせ、回しているかのようだった。
「国王が天才なのか。それとも……」
ベイムは宮廷で見かけた若き国王の姿を思い出した。確かに聡明な君主ではあるが、世界そのものを再設計するような、底知れぬ狂気を感じさせる男ではなかった。ならば、その椅子のすぐ後ろに、光を拒み、ただ平然と国を調律し続けている怪物がいるはずだ。
ベイムは報告書の最後に一文を付け加えた。「レグナスの真の脅威は、軍隊の数ではなく、その静けさにある」と。書き終えた彼の指先は、微かに震えていた。




