第356話「地方の荷車」
レグナス東部の街道沿いにある小さな宿場町。そこの車代工であるトマスは、持ち込まれた古い荷車の車輪を修理していた。
「最近、持ち込まれる車輪の軸が、どれも同じように磨り減っているな」
トマスが助手の手を借りて車輪を外しながら言った。
「そうですね。どれも右側の軸受けばかりが極端に減っています。荷物の積み方が悪いんでしょうか」
「一人や二人の商人ならそうだろう。だが、ここ一ヶ月で持ち込まれた十数台の荷車が、すべて同じ減り方をしているのはおかしい」
トマスは外した車軸の傷跡を指先でなぞった。この宿場から東へ向かう街道には、一箇所だけ深い傾斜のある急カーブが存在する。以前はそこを通る馬車は少なかったが、もしそこを大量の重い馬車が通過しているのだとすれば、この軸受けの減り方にも説明がつく。
「あそこは、確かドラグナールへ抜ける山道の入り口だったな」
「あんな険しい道、普通の商人は使いませんよ」
助手が不思議そうに言った。トマスは作業を続けながら考え込んだ。普通の商人が使わない道を、正体を隠した大量の荷馬車が、夜間に音もなく通り抜けている。それは、国境の向こう側で何かが始まろうとしているか、あるいは、何かを始めさせないために物資が動かされている証拠だった。
「余計なことは考えるな。俺たちの仕事は、車輪を直すことだけだ」
トマスは助手を促した。だが、自分が修理した車輪が、世界のどこかで誰かの思惑を乗せて再び回り始めるのだと思うと、奇妙な高揚感と、それ以上の不気味さを感じずにはいられなかった。




