第354話「商人の財布」
セラフィス聖王国の交易都市で、中規模の商会を営むハルムは、レグナスから戻ったばかりの番頭の報告を聞いていた。手元に並べられた金貨の山を眺めながら、ハルムは何度も首をひねった。
「利益が出すぎている。関税の計算が間違っているのではないか?」
「いえ、何度も確認しました。レグナスの関税そのものは変わっていません。ただ、我が商会が扱っている『青麦』の買い取りに限って、臨時の奨励金が出ていたのです」
「奨励金? そんな布告は聞いていないぞ」
「大々的なものではありません。地方の市場法規の隅に、特定の時期だけ適用される特例として追記されていたのです。我が一派の商人だけが、偶然その恩恵に預かる形になりました」
ハルムは背もたれに体を預けた。青麦は主に家畜の餌となる地味な作物だ。それがこれほどの高値で引き取られる理由がわからない。だが、ハルムの脳裏に、数日前に耳にした噂がよぎった。隣国グランヴェルドが軍馬を増強しているという話だ。
もしレグナスが、セラフィスの商人を使って周辺の青麦を買い占めさせているのだとしたら。グランヴェルドは軍馬の飼料不足に直面し、遠征の計画を遅らせざるを得なくなる。そしてその買い占めは、レグナスの名ではなく、セラフィスの商人の欲によって行われた形になる。
「……恐ろしいな」
ハルムは呟いた。自分たちはただ、儲かるからと動かされただけだ。しかしその足跡は、大国の軍事バランスを裏側から揺るがしている。ハルムは金貨を袋に戻しながら、二度とレグナスの帳簿を軽んじまいと誓った。




