第352話「船着き場の釘」
レグナス南部の河川港を預かる役人のバルトは、桟橋に積み上げられた木箱の数を数えていた。その手元にある帳簿には、例年とは異なる種類の物資が記録され始めている。
「今月だけで鉄釘が三千本、それから防水用の樹脂が五十樽か」
荷下ろしを眺めていた年配の船頭が、煙草に火をつけながら言った。
「何に使うんだ? このあたりで新しい船を造る話なんて聞かないがな」
「上流の造船所からの注文じゃない。これらはすべて、さらに東の、誰も使わなくなった古い旧河道へ運ばれることになっている」
「あんな泥の詰まった死に川にか? あそこじゃ小舟一隻まともに通れんぞ」
船頭は鼻で笑った。だが、バルトは笑えなかった。確かにそこは放置された水路だったが、先週届いた上層部からの通達には、その旧河道の浚渫作業に関する予算が、別の「街道維持費」の名目で静かに組み込まれていたからだ。それは数年がかりの、極めて地味で目立たない工事計画だった。
もしあの泥水路が再び開通すれば、隣国グランヴェルドの国境監視所の真裏へと抜ける、新たな物流の動線が出来上がることになる。軍事的な侵攻ルートではない。しかし、他国の目の届かない場所で、確実に物資を運ぶための細い血管だ。バルトは手帳に受領の印を押し、木箱が荷馬車に積まれていくのを見送った。
「誰がこんなところを突ついているんだか」
船頭のぼやきが、風に消えた。バルトはただ、その見えない計画の一端を、数字として記録し続けるしかなかった。




