第351話「消えた陳情」
レグナス王国の地方都市、オルバの街の役所に勤めるカドルは、夕刻の執務室で古い陳情書の束を整理していた。この街の商人組合からは、毎年決まって「南方の街道沿いに夜盗が出るため、警備兵を増員してほしい」という苦情が提出されていた。それはカドルがこの部署に配属されてから十年間、絶えることのない月例行事のようなものだった。
しかし、ふと気づくと、ここ数ヶ月はその陳情が一切届いていない。
「フィアス、南方の街道の件、最近何か沙汰があったか?」
カドルは書類を抱えて歩いていた同僚を呼び止めた。
「いや、特に兵を派遣したという記録はないな。予算も動いていない」
「じゃあ、なぜ夜盗の被害報告が止まったんだ。商人たちが諦めて別の道を通り始めたのか?」
「さあな。だが、南方の宿場の税収はむしろ上がっている。つまり、商人の往来は増えているということだ」
フィアスは肩をすくめて去っていった。カドルは一人、机に残された古い記録を見返した。兵を動かさず、金をかけず、ただの地方都市の懸案事項がいつの間にか消滅している。不審に思ったカドルが、南方の宿場から届いた日誌を詳しく調べると、ある奇妙な記述を見つけた。三ヶ月前、街道沿いの廃村に国営の資材置き場が設置され、数名の管理人が常駐し始めたという。ただそれだけだった。砦を築いたわけでも、討伐隊を組んだわけでもない。ただ人の目がそこに置かれただけで、夜盗は活動の場を失い、霧のように消え去った。カドルは手帳にその事実を書き込みながら、背筋に薄寒いものを感じた。この国では、誰も気づかないうちに、世界が誰かの手によって都合よく書き換えられている。




