344/442
第346話「写本室の記録」
写本室の書記エルムは古い文書を調べていた。
今日の仕事は五年前の通商協定の写しを作ることだ。だが準備のために引っ張り出した束の中に、気になる文書が混じっていた。
三年前の宰相府発の内部覚書。
内容は補給路の安全確保についてだ。特に目を引いたのは日付だった。
ヴァルディアが侵攻を開始する、ちょうど一月前の日付だった。
エルムは首をひねった。
侵攻の一月前に、補給路の脆弱性について詳細な分析が行われていた。
偶然か。それとも、先に知っていたのか。
だが写本室の書記がそんなことを考えても仕方ない。仕事は写しを作ることだ。
元の文書を棚に戻して、エルムは自分の作業に戻った。
ただ、写しを作りながらもずっと、あの日付のことが頭の片隅に引っかかっていた。
誰かが、何かを知っていた。
その誰かが誰なのかを、エルムは考えたくなかった。




