311/442
第312話:夜の帳簿
■橋の先の宿
夜。
食堂の灯りが揺れていた。
最後の客が部屋へ戻る。
宿屋の主人は帳簿を開いている。
静かな時間だった。
数字を書き込む。
宿泊者数。
仕入れ量。
修繕費。
利益はまだ大きくない。
だが赤字でもない。
窓の外を見る。
建設中の小さな店。
骨組みはほぼ完成していた。
昼間は職人たちが働いている。
旅商人も立ち寄るようになった。
主人は帳簿を閉じる。
若い従業員が聞いた。
「どうですか」
主人は少し考えた。
「忙しくなったな」
短い返答。
従業員は笑った。
主人も少し笑う。
派手な成功ではない。
だが確かに前より人が来る。
橋を渡る者が増えた。
泊まる者も増えた。
そして明日もまた誰かが来るだろう。
宿の灯りは夜更けまで残っていた。
■最後
暮らしは突然変わらない。
帳簿の数字のように、少しずつ積み重なっていくものだった。
(次話へ)




