第137話:摩耗国家
■他視点:エルドリア王国・前線宿営地
夜。
兵たちは座っていた。
焚火がある。
食事もある。
だが。
誰も喋らない。
「……静かだな」
一人が言う。
返事はない。
昔なら。
酒。
笑い。
故郷の話。
そういうものがあった。
今はない。
■摩耗
「怖くないのか?」
若い兵が聞く。
隣の老兵は少し考える。
「怖かった」
一拍。
「でも疲れた」
短い返答。
恐怖が消えたわけではない。
恐怖する力が。
摩耗していた。
■翌朝
「前進」
命令。
兵が動く。
止まる。
三拍。
血。
もう。
誰も声を上げない。
「担架」
淡々と運ぶ。
処理。
ただの作業。
■エルドリア王国・王都
「前線維持成功」
報告が上がる。
ガレスは頷く。
「被害は」
「継続しています」
一拍。
「だが統制維持」
沈黙。
維持している。
それは事実。
だが。
何を維持しているのか。
もう。
誰も分からない。
■ノルヴァン公国
「……完全に摩耗国家だな」
ロイドが記録を見る。
映像内の兵は。
怒らない。
叫ばない。
悲しまない。
ただ。
動く。
「壊れている」
副官が言う。
ロイドは否定しない。
「だが国家としては安定している」
一拍。
「だから厄介だ」
■グランヴェルド工業連邦
「感情反応低下」
技術官が言う。
「だが戦線維持率上昇」
一拍。
「効率としては改善」
誰も笑わない。
それが正常ではないと。
理解しているから。
■アルカディア魔導皇国
「……適応ではない」
観測官が呟く。
「摩耗です」
一拍。
「人が現象に耐えるため」
「人でなくなっている」
空気が冷える。
■ドラグナール竜騎帝国
「いい傾向だ」
低い声。
「恐怖を超えれば強くなる」
一拍。
「壊れようが戦えれば問題ない」
だから。
ドラグナールは危険だった。
壊れることを。
最初から許容している。
■セラフィス神聖教国
「……魂が削れている」
司祭が言う。
「死ではない」
一拍。
「摩耗です」
誰も返答しない。
言葉が重すぎた。
■ヴァルハイン
「継続国家は生き残る」
レオナルトが地図を見る。
「だが」
参謀が続ける。
「人間性が死ぬ」
沈黙。
レオナルトは小さく息を吐く。
「……地獄だな」
■レグナス(上層)
「外部」
ミレアが報告する。
「エルドリア王国、摩耗進行」
カイルが顔をしかめる。
「……あれ、生きてるんですか」
ヴェルドが答える。
「生きている」
一拍。
「だが削れている」
「少しずつ」
■ルナたち
「……かわいそう」
エリナが小さく言う。
ルナは静かに前を見る。
「うん」
「でも止まれない」
レオンが笑う。
「止まった国も終わってるしな」
誰も否定しない。
それが。
今の世界だった。
■最後
エルドリア王国は。
まだ戦っている。
勝つためではない。
終われないから。
壊れながら。
削れながら。
それでも。
前へ進み続けていた。
そして世界は。
それを見ながら。
少しずつ。
同じものになっていく。
(次話へ)




