第85話 地獄の行軍と、焼き肉の香り
毎日、焼き肉だと……飽きるな。
ううぅ……刺身が食いたいぃ……
ドラゴンの里を目指すチャングム王国軍は、森の中で完全に迷い、絶賛遭難中。
セガル王国がおこなったドラゴン捕獲作戦に参加していた者は全滅していた。
チャングム王国に雇われている元セガル王国の者達は“待機組”だった連中で、当然ながら道順など知らない。
再就職のために「やれます」「出来ます」と言ってしまったのが原因だが、面接ではよくあることだ。
誰が彼らを責められるだろう。
ただし――
バレたら殺される。
その恐怖から、彼らは適当に「こっちです」などと言いながら、森の奥へ奥へと突き進んでいた。
実質的な最高責任者であるアガス将軍を操るギナも、ドラゴンの里の場所を知らない。
誰も合っているのか間違っているのか判断できないので進むしかないのだ。
まさに地獄である。
部隊は森の中をぐるぐると彷徨い続けていた。
減っていく食料。
支給される量が日に日に減るのと比例するように、兵士たちの間にじわじわと不安が広がっていく。
「昨日もこの木を見た気がする……」
「いや、気のせいだろ……だよな?」
「元セガルの奴ら、あんなに自信満々に先導してるんだから間違いないんだよ」
「でも、おかしいって」
「腹が減った……」
その声は、昨日よりも弱々しかった。
兵士たちの足取りは重く、誰もが疲労で顔色が悪い。
背負っている荷物は軽くなっているはずなのに、体はどんどん重くなる。
頼みのアガス将軍は、出発してからずっと様子がおかしい。
時折「あー……うー……」と意味のない声を漏らし、部隊の先頭でふらふらと歩き続けている。
かつては厳しくも優しい、頼れる親分肌の将軍だった。
だが今は、誰が見ても何かがおかしい。
そもそも会話すら成立しないのだから。
名も無き兵士は思った。
(あんな人じゃなかったよな……?)
部隊は当初100名を超えていたが、迷い続けるうちに脱落者が出始め、今では半分近くにまで減っていた。
逃げ出す者が出るたびに、アガス将軍は
「あー……うー……」
と呟きながら、落ち着きなく周囲を歩き回る。
焦っているのか、怒っているのか、それとも別の何かなのか――
誰にも分からない。
兵士たちは、ただ不安を抱えたまま歩き続けるしかなかった。
空腹で胃が痛む。
喉は乾き、足は棒のようだ。
それでも歩くしかない。
・
・
・
ドラゴンの里・軽キャンクラブ拠点――
焼けた肉の匂いが、森にふわりと広がる。
香ばしい煙が風に乗って漂い、食欲を刺激する。
「また焼き肉かよ。刺身が食いてぇ」
俺は連日のバーベキューに不満をぶちまけた。
生ものが食いてぇ!
もう我慢の限界だ。
「文句言うなら食べないでいいわよ」
レイラが怖い顔をしている。
うん。
人間、我慢が大切だ。
「そうですよモシャモシャ、世の中にはモシャ、食べたくても食べられない人がモシャモシャ……」
前川が肉を頬張りながら言った。
「……前川のくせに」
鼻でもほじってろ、と俺は思った。
「レイラ、ごめん。俺が間違っていた」
素直に謝る俺。
大人だ。
バンを見ると、ライカの皿に肉をどんどん追加している。
「バン、もう食べれないよ」
ライカが困ったように言うと、バンはしゅんとした。
「一緒に食べよ」
ライカが微笑むと、バンは満面の笑みで肉を食べ始めた。
……平和だな。
・
・
・
チャングム王国ドラゴン捕獲部隊――
朝が来た。
目を覚ますと、兵士の数がまた減っていた。
誰がいなくなったのか、もう把握できない。
アガス将軍は「あー……うー……」と呟きながら、落ち着きなく周囲を歩き回っている。
向こうでは、元セガル王国の魔導科学者とチャングム兵が言い争っていた。
最近はこれが日常になっている。
「お前らが王をそそのかしたんだろ!」
「はぁ? そっちこそ……!」
どうせ最後は殴り合いになる。
アガス将軍は何もしない。
いや、できないのかもしれない。
しばらくすると、また行軍が始まった。
兵士たちは無言で歩き出す。
もう文句を言う気力すら残っていなかった。
・
・
・
ドラゴンの里・軽キャンクラブ拠点(朝)――
朝の爽やかなひと時。
コーヒーの香りが漂う。
バンとライカが手をつないで歩いていた。
声をかけようと立ち上がった瞬間、レイラとプロムが俺の肩を叩き、唇に指を当てた。
(あ、そっとしておけってことか)
俺たちは、森に入っていく二人に気づかないふりをした。
その後、ルファスとキャスカも森へ。
どうやら“森デート”が流行っているらしい。
「じゃあ今日は修行休みだな。
森でデートと洒落込みますか」
レイラとプロムの手に触れながら言った。
今日も平和だ。
・
・
・
チャングム王国ドラゴン捕獲部隊――
目の前に、切り立った岩の壁が現れた。
完全な行き止まりだ。
兵士たちは呆然と立ち尽くす。
「あー……うー……」
アガス将軍が、当たり前のように登り始めた。
(マジかよ……)
兵士の大半が離脱した。
セガル王国の残党も何名か逃げた。
(道案内のお前らは逃げちゃダメだろ……)
そう思いながらも、残った兵士たちはアガス将軍に続く。
険しい岩を、空腹に耐えながらよじ登る。
手が震え、足が滑り、息が切れる。
ある兵士が掴んだ岩が崩れ、体勢を崩した。
「うわっ――!」
ガシッ!
下から来ていた兵士が手を掴んだ。
「こんな任務で死んじゃ駄目だ!」
励ます声が虚しく響く。
周囲では、別の兵士が次々と落ちていく気配がした。
死にたくない。
死にたくない。
その思いだけが、彼らを動かしていた。
頂上に着いた時、残ったのは10名ほど。
チャングム王国もセガル王国も関係なかった。
ただ、生き残った仲間。
共に死線を潜り抜けた強い絆で結ばれていた。
アガス将軍は「あー……うー……」と呟きながら、頂上を落ち着きなく歩き回っている。
・
・
・
ドラゴンの里・軽キャンクラブ拠点――
今日はロッククライミングを楽しんだ。
ミロースとヘリウスが落下をキャッチしてくれるので、安全に遊べる。
前川が異様に上手かった。
(あいつ、性格はアレだが、金持ちでスポーツ万能……
日本でモテてたのか? ハゲのくせに)
と思ったが、鼻をほじって食ってるし「ないわ」と思い直した。
とにかく、体を動かすって気持ちいい。
今日も平和だ。
前川……
スポーツ万能だな、鼻くそ食うけど。
みんな平和だからと言ってだらけたら駄目だぞ!
さあて、明日は何して遊ぼうかな。




