第79話 勇者の処遇・前編
前川、俺は決めたぞ。
すまんが……
俺は、ゆっくりと前川 彰の背中へ近づいた。
前川……別に恨みなんてものは無い。
恨むなら好きなだけ恨め。
ただ、今の俺には――やるべきことがある。
俺の手が、そっとクソ川の首へ伸びていく……
「あっちのエロいエルフは、奴隷ですか? 幾らでした?」
クソ川が、股を押さえながらハァハァと荒い呼吸をしている。
……ありがとう。
お前がクソ野郎でいてくれるから、幾分気が楽だ。
「俺の、嫁さんだよ」
そのままクソ川の首を両手でグッと絞めた。
「ぐぁっ……な、何を……!」
クソ川が必死に俺の手を掻きむしる。
爪が皮膚に食い込んで痛いが、そんなものはどうでもいい。
「いや、大丈夫だから大人しくしろ」
俺は淡々と答えた。
苦しいのは最初だけだ。
直ぐに楽にしてやるから――大人しくしろって。
ガタッ
音?
気にはなったが、それよりもコイツを早く――
そう思った瞬間。
「そいつ、殺すの?」
キャスカの声がした。
「!」
横を見ると、入り口にキャスカが立っていた。
腕を組み、俺の手元をじっと見ている。
「……キャスカ」
一番見られたくない相手に見られてしまった。
胸の奥がズキッと痛む。
怒られるとか、責められるとか、そういう問題じゃない。
“俺は何をしているんだろう”という自己嫌悪が、
喉の奥に重く沈んだ。
気づくと、クソ川の首から手が離れていた。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
クソ川が座り込み、噎せている。
ここまでか。
俺は眉間に皺を寄せ、苦悶の表情をキャスカに見られないように背を向けた。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
呼吸を整える。
「なーんちゃって、ドッキリでしたー!
前川、びっくりした?」
無理やり明るい声を出し、クソ川の肩をポンポン叩いた。
「ゲホ、ゲホ……ドッキリって、実際、首を絞めら――」
「あー、良いから、気にするな。
大丈夫だから!」
クソ川の言葉をかぶせて遮る。
……失敗だが、これで良かったのかもしれない。
人を殺すなんて寝覚めが悪いだろうからな。
俺はクソ川を抱き起こす。
そうだ。
殺すだけが正解じゃない。
有効利用する。それだけだ。
「おら、立て。ほら、ここ座れ」
運転席に座らせる。
「ちゃんとやれよ……殺すぞ」
耳元で低くささやくと、クソ川の肩がビクッと震えた。
エンジンをかけさせると、
車体がかすかに震え、エンジン音が静かに響く。
ちゃんと言う事を聞いて、えらいじゃないか。
「キャスカ、ルファスを呼んできてくれ」
「……わかった」
キャスカは俺の顔を一度だけ見て、
何も言わずに駆けていった。
その足音が、妙に胸に刺さる。
「さっきの少女、奴隷ですか? 幾らしました?」
クソ川がニタニタしながらまた聞いてきた。
「もう、お前、喋るな! それと、大人しくしてろ」
俺は睨みつけ、さっきキャンピングカーを調べた時に見つけた
シーツやナイロン紐を取ってくる。
クソ川は俺の視線から逃げるように、
運転席で縮こまっていた。
・
・
・
ナビが作動している。
基本の操作は軽キャンと同じだな。
「どうせ、あるんだろ?」
俺は項目の中に【 登録者の変更 】が無いか探す。
……項目が全体的に少ない。
画面のUIも簡素で、
レベルの低さがそのまま形になっているようだった。
キャンピングカーの機能が追加されていないのを見れば、
クソ川のレベルが相当低いのが一目瞭然だ。
レベルが上がればナビの選択肢は増えるはずだからな。
しかし……よくこんな低レベルでドラゴン倒そうと思ったな。
改めてクソ川を見て、ため息が出た。
ナビをいじると、基本設定の詳細にソレがあった。
俺はクソ川を見て、ニヤリと笑う。
「お兄様を連れてきたわよ」
おっと。
ちょうどキャスカがルファスを連れて戻ってきたな。
ルファスは状況を一目見て、
ほんの一瞬だけ目を細めた。
何も言わないが、理解している目だ。
「ルファスも、キャスカもこっち来い」
二人を近くに呼ぶ。
・
・
・
『所有者登録の変更を行います』
ナビのアナウンスが流れ、画面には、
Yes ・ No
が表示される。
「ほら、手ぇ貸せ」
クソ川の手を掴み、
指を強引に「Yes」に押し付けた。
前川の奴、キャンピングカーは税金対策に勝っただけって言ってたよな。
お人よしという名な俺は、前川の為に一肌脱いでやろうかしら……




