第69話 グラナス高原決戦①
今回、俺、ヒロシと素晴らしい嫁さんと愉快な仲間たちは出てこない。
グラナス高原の軍の話らしいが、俺がディスられてるような気がする……
グラナス高原に張り巡らされたヴァルファ帝国軍の陣。
その中心に構えられた巨大な本陣テントは、戦場の緊張を象徴するように重苦しい空気に包まれていた。
そのテントの奥。
ラガス王国討伐軍の最高指揮官――アデロン将軍は、うつ伏せのままベッドに沈んでいた。
数日前、謎の人物に尻を負傷させられた。
その屈辱と痛みは、いまだに彼の誇りを深く抉り続けている。
「ぐぬぬぬ……殺してやる……必ず……」
呻き声と呪詛が、湿った空気の中に何度も漏れた。
動くたびに走る鋭い痛みが、アデロンの怒りをさらに煽る。
( 解説 )
【ヒロシの寝不足による八つ当たりで、ヴァルファ帝国軍のアデロン将軍とラガス王国軍のムトゥ将軍はフリチンにされた挙句、レイラとプロムによって尻に棒を突っ込まれた。
ちなみにアデロン将軍の尻は、力の強いレイラが担当したため、結構深く突き刺さったらしい。
みんなもお尻は優しく扱おう】
戦況は膠着していた。
ラガス王国軍との睨み合いは続き、両軍とも指揮官が負傷したことで大規模な戦闘は起こらない。
しかし、兵士たちの疲労は限界に近かった。
長引く緊張。
故郷から遠く離れた高原での野営。
そして、勝利の見えない戦い。
その全てが、帝国兵たちの心をじわじわと蝕んでいた。
さらに追い打ちをかけたのが、ヒロシの軽キャンによる戦場蹂躙と、アデロン将軍フリチン拘束お尻悪戯事件である。
ついに、脱走兵が出始めた。
報告を受けるたび、アデロンは怒り狂い、周囲の者に当たり散らした。
だが怒鳴るたびに尻が痛み、さらに苛立つという悪循環。
帝国兵の中には、そんな将軍を陰で“アナル野郎”と呼ぶ者まで現れる始末だった。
一方のラガス王国軍も、状況は芳しくない。
(主に尻と心を)負傷したムトゥ将軍が本国へ戻り、急遽任命された若き武将カイトが軍をまとめていた。
彼は必死に士気を保とうと声を張り上げるが、経験不足は否めない。
「どうしても士気が上がらない。
まあ、アレを見たらなぁ……」
カイトはため息をつき、対峙するヴァルファの陣を眺めた。
敵軍の圧倒的な物量。
ラガス王国のほぼ全軍を集めても、兵の数は変わらないどころか上回っている。
それだけの大軍にもかかわらず、向こうの兵糧が尽きる気配もない。
カイトの目の下には濃いクマができていた。
ここ数日、まともに眠れていない。
夜は兵士の不安を聞き、昼は士気を保つために声を張り上げる。
若い身体には、あまりにも重い負担だった。
「両軍にあれだけのダメージを与えて、将軍を凌辱……
いや、嘘だろ。
ムトゥ将軍が負傷して帰ってきたから僕が前線に派遣されたし、兵士たちの証言もあるけど……
本当にそんな事が出来るのか?
……いや、そもそも何で? 何が目的で? 意味不明なんだけど」
カイトの疑問はもっともだった。
だがヒロシは、ただ寝不足でイライラしてやっただけである。
そんな理由、誰が理解できるのか。完全にとばっちりである。
ラガス軍、ヴァルファ軍ともに策もなく、ただ睨み合うだけの日々。
散発的な小競り合いはあったが、戦場は硬直していた。
「ヴァルファもあきらめて帰ってくれないかな……
ああぁ、早く家に帰りたいーー!」
今日もカイトはテントの中で頭を抱えて嘆いていた。
兵士たちも、そんな彼を気の毒そうに見守るしかなかった。
そんな膠着状態が続いたある日――
カイトの体調をあざ笑うかのようにヴァルファ帝国の援軍が、ついに到着した。
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「到着したか!」
アデロン将軍は、痛む尻を押さえながらも勢いよくテントを飛び出した。
「おうっ!」
無理は禁物である。
勢いよく出たはいいが、すぐに膝をつくアデロン。
「耐えろ!
もってくれ、俺の尻!」
久々に感じる高揚感。
今日は尻の調子も悪くない。
「ぷっ……大丈夫ですか、将軍!」
アデロンに肩を貸す帝国兵。
その口元がわずかに震えている。
「お前、今、笑った?」
「笑う訳がありません! アナ、アデロン将軍!」
ヤバいと思った帝国兵は、食い気味に言葉をかぶせた。
「アナ?」
「見てください将軍! あのわが軍を!」
援軍の旗が風に揺れるのを見て、アデロンは勝利を確信した。
ただ、帝国兵の言葉に納得いかない気持ちは残った。
援軍が来ていなければ、この兵士は無事ではなかっただろう。
だが今は、気分が良かった。
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「アデロン将軍。
恐れ多くも皇帝陛下は、遅々と進まないラガス王国攻略のため我らを派遣されました。
皇帝陛下のお慈悲に報いるよう、このような小国、さっさと制圧してしまいましょう!」
援軍を率いるロディア将軍が胸を張って言い放つ。
アデロンはその言葉に、わずかに眉をひそめた。
「フン……兵の数さえ揃えば、ラガス王国を攻め落とすなど容易いことよ。
ワシに任せておけ。
ロディア将軍は遠くから眺めておればよいわ!」
吐き捨てるように言い放ち、アデロンは本陣へ戻ろうとする。
「アデロン将軍?!
(友軍が援軍として来たというのに、何を……)
待っ……本当に行ってしまったか」
ロディアは呼び止めようとしたが、結局言葉を飲み込んだ。
戦闘前にこの不穏な空気。
指揮官同士の不仲。
ヴァルファ帝国軍にも不安要素は多い。
だが――
「これだけの兵がいれば、杞憂……か」
ロディアの視線の先には、立ち並ぶ軍旗と、地平線まで続く帝国兵の列。
圧倒的な兵力差が、ロディアの不安をかき消した。
「どんな愚か者が指揮しようと、この物量なら勝てるだろう。
あのアデロンであろうとな」
もう戦いは終わったも同然――
ロディアはそう思い込んだ。
俺の知らないところでディスられた。
なんだ、意味不明って、失礼だろ。
こんなに冷静かつ理性的な人間もいないと自負しております。




