97話 怪しい二人
「ニーナ」
私は厨房にいるニーナに声を掛けました。
「カウンターを頼めるかな。騎士様たちが調査に来たから、私はお話しなきゃいけなくなったの」
「何の調査?」
「この間の騒ぎの……」
「ああ、あれね」
私が全部言う前に、聡いニーナは察してくれました。
「了解」
私はニーナにカウンターの仕事を交代してもらうと、第二騎士団のエリオット様とダレス様を待たせている事務室へと行きました。
◆
「……それでホバート様が、シャックリー伯爵とピエン男爵と魔法で勝負することになったんです」
カフェハウスの奥の事務室で、私はエリオット様とダレス様と向かい合って座り、先日の騒動の経緯を説明しました。
「ふむ……」
エリオット様は神妙な顔をして頷きました。
美貌のエリオット様が考えるような顔をしていると絵になります。
殺風景な事務室は、煌びやかなエリオット様に全くふさわしくなくて申し訳ない気分になって来ます。
エリオット様に似合うのはおそらく貴族の豪奢な部屋でしょう。
エリオット様の隣でにこにこと微笑んでいるダレス様は、事務室に全く違和感がありません。
事務室の風景にダレス様が馴染んでいるのは、ダレス様が第二騎士団で事務のお仕事もなさっているからでしょうか。
「災難だったね」
ダレス様が気さくな調子で私に言いました。
「貴族が横暴な態度をとったら通報してくれて良いんだよ」
「通報するほどのことではないかと思ったので……」
「シャックリー伯爵は店内で魔法を出そうとしたんだろう?」
「それはホバート様が挑発なさったからです。最初は怒鳴っているだけでした」
「横暴な態度で怒鳴り散らして無理強いをするのも迷惑行為だから、通報して良いんだよ」
「そうなんですか?!」
驚きました。
暴力を振るわれていなければ、犯罪ではないので、騎士団を頼ることは出来ないと思っていました。
「迷惑行為で通報ができるんですか?!」
「出来るよ。どんどん通報してよ」
ダレス様が笑顔でそう言うと、エリオット様は生真面目な表情で頷きました。
「ダレスの言う通りだ。通報して欲しい。商いをしている平民に、貴族が横暴な態度をとることがまかり通るようでは、商人たちは安心して商売が出来なくなる。その状態が悪化すれば商人たちは王都を見限って出て行ってしまう」
「そうそう。商人がいなくなると、物が足りなくなって国が貧しくなる。それは困るからね。王都で商人が安全に商売できるようにすることも第二騎士団の仕事だから、理不尽なことを強要してくる貴族がいたら第二騎士団に相談してね」
「は、はい。ありがとうございます」
目から鱗が落ちたような気分です。
神殿の薬草園の貴族の巫女たちは、私がお手伝いを断わっても強い態度で譲りませんでした。
ほとんど命令でした。
平民は貴族には逆らえないという価値観が私にはあったので、疲れていて手伝いたくないときも彼女たちの命令に従っていましたが……。
(ああいうのって……市井なら第二騎士団に通報が出来るんだ!)
私は、一つ賢くなったような気がしました。
(神殿にも第二騎士団がいてくれたら良かったのに)
神殿にいたときは、市井の生活はとても厳しいと聞いていたので、厳しいものだと思っていましたが。
実際に市井で生活している今の私は、神殿より市井の生活のほうが優しいと思っています。
(話を聞いただけでは、実際のことは解らないものね)
◆
――ルネが事務室で騎士たちと話をしている頃。
ニーナはカウンターで、ホバートたちの給仕をしていた。
「今日のデザートは葡萄酒と百花蜜で煮込んだリンゴのコンポートです」
「光魔法でよく煮込まれている。最高の味だ」
ホバートはニーナの光魔法料理を褒め称えた。
「美味しゅうございます」
ホバートの左側に座っている従者がほくほく顔でそう感想を述べると、ホバートは従者を振り向いて半目で言った。
「いや、お前は解っていないだろう」
「美味しゅうございますよ。百花蜜の甘さにジューシーなリンゴの酸味が爽やかです。シナモンの風味が良いですな。ふりかけの香ばしいツブツブは胡桃の実でしょう」
「そこではない。やはりお前は解っていない」
従者と言い合いを始めたホバートの右側に座っている魔法士モルガスも、幸福の表情でニーナに賛辞を送った。
「ニーナさん、絶品です。今日も素晴らしい料理でした」
モルガスのその言葉を聞いたホバートは、鋭くモルガスを振り向くと言った。
「ハムは解っているな」
「モルです。ニーナさんの料理は芸術です」
「そのとおり」
「ニーナさんのような天才錬金術師を下町に埋もれさせておくのは惜しいです。ニーナさん、気が向いたらいつでも魔法塔にいらしてください。歓迎します」
モルガスがニーナを勧誘すると、ホバートは不愉快そうに眉を歪めた。
「ニーナはこの店から動かん」
「それは承知しております。ですが気が変わることもあるでしょう。気が向いたらで良いのですよ」
「気が変わったら、ニーナはスタイン公爵家の料理人になるのだ」
「ボブさん、それはずるいです」
「ずるくない。最も高い賃金を支払える者の当然の権利だ」
「一人占めは良くないと思います」
言い合いを始めた二人に、ニーナは苦笑いをしながら言った。
「私はルネの手伝いがしたいので、魔法塔にもスタイン公爵家にも行きませんよ」
◆
「あの娘じゃないか?」
カフェハウスのテーブル席にいる怪しい二人の男が、カウンターでホバートたちの相手をしているニーナを盗み見ながら小声で話し合っていた。
その二人の男は、ルネが本物の庶民のお客だと見抜いていた二人だ。
「さっきまでいた茶髪の愛想のない娘より、あの金髪のほうが美人だ」
「茶髪はガリガリだったな」
「お坊ちゃんのご執心はこっちの娘だろう」
「……誘いをかけているな。お坊ちゃんは隣の客とあの娘を取り合っているのか」
「間違いなさそうだ」




