93話 騒動の後に
騒動もありましたが、その日も無事にカフェハウスの営業が終わりました。
「ニーナ、明日の昼食の予約がもう一件追加だよ」
私は昼食の予約をニーナに伝えました。
「ホバート様のお連れ様が増えたの?」
「ううん、魔法士のモルさんの予約」
「モルさん? どの魔法士さん?」
「ほら、赤毛の。いつもカウンターの席に座ってる」
「ああ、あの人ね」
私たちはモルさんが魔法士だということは知っていました。
モルさんは今は庶民に変装していますが、最初の頃は魔法塔の制服である灰色のフード付きローブを着ていましたから。
でもモルさんが魔法塔でどんな仕事をしていて、どんな地位にいるかは知りませんでした。
◆
薬屋の厨房を兼ねた食堂での夕食の時間。
私は今日カフェハウスで起こった騒動のことや、ホバート様やモルさんから聞いた話をローナさんに伝えました。
「シャックリー伯爵とピエン男爵か。聞いたことがあるような気もするが……。まあ、名前を知られていないってことは、あまり魔力は強くないんだろうね。スタイン公爵家から見たら雑魚だろうよ」
騒動についてローナさんはそう感想を言うと、考えるような顔をしました。
「ニーナの料理に魔力回路を修復する効果があるかもしれないとは思ったが……。まさかそこまで凄い効果があるとはね。不思議な話だ」
ローナさんは瞑想的な表情で自問自答するように言いました。
「光魔法を混ぜた料理を食べるだけなら、ポーションを飲むのとそう変わらない気もするんだけどねぇ……」
「やっぱり私ってば、料理の天才じゃないかな」
ニーナは得意気に自画自賛をしました。
「さすがニーナさんです」
住み込みのメイドを兼ねた薬師となった元巫女ポリーさんは、今日もニーナの料理を美味しそうに食べながら相槌を打ちました。
「それにしても属性が三つとは」
ローナさんは興味がありそうに言いました。
「スタイン公爵家が複数属性なのは知られている話だが、とんでもないのが生まれたもんだ。スタイン公爵の縁談は、昔、大層話題になっていたが。皆の予想の上を行ってたってことだね」
「スタイン公爵家の縁談って、ホバート様と巫女メレディス様との縁談ですか?」
私がそう尋ねると、ローナさんは首を横に振りました。
「いや、その前だよ。今のスタイン公爵とスタイン公爵夫人の縁談だよ。スタイン公爵夫人は希少な雷魔法の使い手だったからね。それが炎眼のスタイン公爵と結婚するっていうから、王族の結婚並みに話題になったもんさ」
「スタイン公爵夫人は雷魔法の使い手なんですか?!」
「そうさ」
「国に二人しかいないっていう?」
「そうだよ。ご子息も雷魔法が使えるなら、雷魔法の使い手は今は三人だね」
(スタイン公爵夫人は凄い人だったのね)
国に三人しかいない雷魔法の使い手のうち、二人が私のお店に来てくれたことになります。
ちょっとわくわくしました。
「もう一人の雷魔法の使い手は誰なんですか?」
雷魔法の使い手の三人のうち、二人がホバート様とスタイン公爵夫人なら、残りの一人は誰なのだろうと。
私は軽い疑問を口にしました。
「……」
「……」
ローナさんとニーナが、変なものを見るような目で私を見ました。
「え? え? 私、何か変なこと言いました?」
「いや……」
「ルネの世間知らず、ここに極まれり、って感じね」
ローナさんとニーナが半目でそう言うと、ポリーさんがすかさず、私に質問の答えを教えてくれました。
「もう一人は宮廷魔術師のリロイ・ウィルモット様よ。雷魔法の使い手として一番有名なお方よ」
「えっ?! あのリロイ様が?!」
「あら? ルネはリロイ様を知っていたの?」
この薬屋で働き始めたばかりで、リロイ様が来店したことを知らないポリーさんは意外そうな顔をしました。
そんなポリーさんに、ローナさんとニーナが言いました。
「知っているも何も……ルネはリロイ様と何回かお話している……」
「ルネはリロイ様に、魔法塔に来ないかって勧誘もされているよ……」
「魔法塔に?! ルネ、凄いじゃないの!」
ポリーさんは高揚気味に私に言いました。
「魔法塔はお給金が貰えるのよ」
そしてポリーさんはニヤリと皮肉っぽく笑いました。
「神殿と違ってね」
「そうなんですか?!」
「そうよ。ただし魔法塔にはよほど力のある魔法使いしか入れないけど。ルネなら大丈夫」
魔法塔で働いたらどのくらいお給金が貰えるのでしょう。
魔法塔に行けば地位が貰えるとリロイ様に言われたときは、全く興味が湧きませんでしたが。
お給金が貰えると聞いたら少し興味が湧きました。
(魔法塔の魔法士のモルさんは、昼食の値段が金貨一枚だと聞いても動じなかったわ。魔法塔のお給金って高いのかしら)
魔法塔に少しだけ興味を持ちましたが、行くつもりはありません。
だって私はカフェハウスの店長ですから。
お金は稼ぎたいですが。
今の私の第一目標は、カフェハウスを繁盛させることです。
ジルさんがカフェハウスに来てくれるように、私はカフェハウスを繁盛させて有名にしなければなりません。
(最近は女性のお客さんも来てくれるようになったわ。お洒落なお店に近付いている気がする)
そう考えて、ふと、思いました。
今日カフェハウスに来たシェイラ様たちについて、知らせておいたほうが良いかもしれないと。
「今日、神殿の巫女も来ていました。騒動にはなりませんでしたが。私のほうをずっと見ていたので、もしかしたら気付いているかも?」
「誰が来たの?」
元巫女のポリーさんが、巫女たちの名前を私に尋ねました。
「シェイラ様とメレディス様とナタリア様です」
「あの三人かぁ……」
ポリーさんは嫌そうに少し眉を歪めました。
「あの人たちに何か言われた?」
「いいえ、何も」
「珍しいこともあったものね」
「ホバート様がいたせいかもしれません。ホバート様は、シェイラ様たちより身分が高いですから」
「貴族に知られたのは厄介だね」
ローナさんは難しい顔をして私に言いました。
「ルネ、しばらく店を休んだらどうだい? 従業員が増えたなら、ルネが休んでも店は回るだろう」
「いいえ、店を休むつもりはありません」
私はきっぱりと答えました。
「何かあったら騎士団に通報します。大丈夫です」
貴族が何かして来たら、私は戦うと決めています。
もし悪人が来たら、戦って、勝って、それで騎士団に通報すれば良いのです。
今日ホバート様が貴族相手に戦っている姿を見て、確信を持ちました。
魔法が強いほうが、身分のある者より強いのです。
ホバート様は貴族ですが、身分を明かしませんでした。
でもホバート様の魔法が強かったから、シャックリー伯爵とピエン男爵は屈服したのです。
(私だって魔力は強いんだもの)
「お婆ちゃん、ルネは大丈夫だよ」
ニーナが加勢してくれました。
「スタイン公爵夫人が護衛を貸してくれているんだし、大丈夫だよ」
「護衛は信用できるのかい?」
「公爵家の護衛だもの。信用できるわ」
「そうかい」
ローナさんは今一つ釈然としないようでしたが、ニーナの言葉に頷きました。
「じゃあ、暗くならないうちに帰って来るんだよ」




